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第37話 消えた芸能人 

「それで一応写真を撮ることはできて一安心って感じかな。やっぱり西日できれいな影ができてかっこいいよね。朝日っていう手もあるんだけど、さすがに朝に彼を呼び出すのは失礼だと思って。それに遊園地も開いていないしね」


「いや、どこが一安心な訳?! なんか、怪しい男の人にも会ったって言うし、王子様本当に大丈夫なの?」


「ううん? なんか同情されたっていうよりかは、ちょっと感情が透けて見えたって感じかな? 時々妙に分かる人いるじゃない? たぶんそういう人なんだろうなと思うよ」




 アルとはその日は早々に分かれた。になって写真を撮り終えて、それで終わり。


 キスした時に再会の約束をしていたから、次に会う約束はしなかった。そんな約束をしなくても、彼はまたもう一度入ると言ってくれていたし、それを素直に桃花も信じた。


 そして、時間と感情を持て余した結果、綾乃を呼び出したのだ。




「っていうか、またあいつのこと思い出したんでしょう?そうじゃなかったら、そんな風にならないだろうし」


「バレたか……」




 そして、そのまま行きつけの大衆居酒屋にやってきたのである。


 お酒と席で好きに焙ることができる魚介類の煙の臭いが混じっていて、テレビの音と がやがやとした話声によって、綾乃との話なんてすぐにかき消されてしまう。だからこそ安心してここなら、話すことができるのだ。




「バレた、じゃないよ。まあ、そのせいで桃花の家にテレビないしね」


「テレビがなくったって、こういうとこに行ったら、いやでも目に入るんだけどね」




 桃花は少し皮肉っぽく笑った。


 テレビの方では、音楽番組が放送されている。その中で生放送でアーティストに歌ってもらうというコーナーもあった。そして今日の歌うゲストの中には、派手な髪型とメイクをしたビジュアル系バンドの男たちも混ざっている。


  今、若い女性たちを虜にしているという触れ込みのバンドマンたち。メン地下上がりのアイドル。


 その中の一人、やはり彼は当然のようにいた。




「そんなにトラウマを刺激されるようなことされたの? いきなり思い出しちゃったんでしょう?」




 そういわれて、アルから離れてしまったときのことを考える。


 アルから酷いことを言われた、わけではないと思う。


 少なくとも、桃花にとってはアルのことは嫌ではなかった。




「そういうわけじゃないと思う。まあ、キスはされたけれど」


「はあ?! キス?!」




 綾乃が声を上げた。


 隣に座っていたサラリーマンが迷惑そうに眉をひそめてくる。それを見て、桃花は声を潜める。




「そんなすごいものじゃないって……ほら、唇だけだったし」




 それに対して優しいな、という感情はあったが、嫌悪感はなかった。


 王子様とのキスシーンはそもそも上がる場面だし、それと同じ感じというか、なんだか妙に冷静だった。




「いや、でも、あれだけのイケメンにキスされるとか、最高の役得って言いたいけど、まあ……桃花の場合は結構違いそうだよね」




 桃花の過去を知っている綾乃は、桃花の反応を伺うように言った。


 かつてのどん底具合からくらべてみれば、きっとかなり復活している方だと思うけれど、それでもまだまだこうやってキスをされたなんてことぐらいで気を遣われる程度には、桃花 もはたから見れば立ち直っていないのかもしれない。


 自分ではとっくに吹っ切れているイメージだったが。




「あっちが気づいてたかどうかはわからないけれど、そのおかげでちょっと冷静になれた気がするかな?」


「ああ……そういう感じ」


「途中まではドキドキしてたんだけどね。でも、たぶん昔の恋人の名前も呼ばれたし」


「あ、えっと『カナ』だっけ?」


「そう。しかも女の子の幽霊を見て、そんな風に言ったってことは、たぶん、確定でしょう?」




 桃花はテレビの方をじっと見てしまった。アルと遊園地に行くまでは可愛い格好をして彼の隣に歩いても恥ずかしくないようにしたいと思っていた。しかし、こうして終ってしまえば、なんだかひどく冷めてしまっていて。




「でもあの人よりは隠すの上手いかなあ。なんかまた掲示板でも炎上してるって風の噂で聞いたし」




 桃花はいいながら、甘い恋の歌を歌っているテレビの画面越しの男を見つめた。


 ビジュアル系の中でも有名な、若手の中ではかなり売れている方だ。顔だってイケメンだし、どこか化粧によって影ができているその美しさは、見ようによっては王子様にも見えるかもしれない。そういう男の人のことを、以前は桃花も応援していたのだ




「KEYってビジュアル系のなかでは結構活躍してる方だと思うんだけどね。CDとかもコンスタントに出てるし。でも、やっぱりそういう中だと掲示板の噂たっちゃうよね」




 綾乃は笑いながら、KEYと呼ばれている男を見つめる。




「こうして画面外から見るだけだったらまだどうにかなるんだけどなあ」


「直接見る方はしんどいとか?」


「ううん。どっちかっていうと思い出す方がしんどいかな? 相手もきっと私のことなんてもう忘れてるだろうから、今更会いに行ったって名前すらでてくるかどうかもわかんないから。だから直接会いに行くつもりはないよ」




 そんなことを自分で言いながらも、いまだに検索してしまう。


 ずっと好きだった。夢を追いかけている姿がとても輝いて見えて、その夢を支えようと思っていた。ビジュアル系バンドの「深淵の扉」の「KEY」なんて、そんなくだらない言葉遊びのような名前をつけているところだって、悪くないと思っていた。


 たくさん尽くして、たくさん泣いて。


 それでも相手は自分のことを選んではくれなかった。


 それを忘れたことはないはずなのに、今日に限ってはなんだか妙に思い出してしまうのはやはり、アルにキスをされたからかもしれない。




「大丈夫だって、あいつだってすぐに消えちゃうよ。あそこまで悪いことしたんだもん。絶対性格も悪いの隠し切れないに決まってるって」


「でもそういうの結構隠すのうまかったよ?」


「それでも芸能界って結構恐ろしいところだよ。ブレイクしたと思ったらすぐに消えちゃうもの。それにブレイクして何年もテレビに出続けていたって、ふとした時にいきなり亡くなる人だっているし。ほら、誰だっけ? 王子様だって言われ続けていたあのアイドルだかモデルの……」


「ああ、櫻木昴? もう七年も前だっけ?」




 桃花は以前に綾乃が推していたアイドルの名前を口にした。


 桃花自身は興味はなかったのだが。モデルとしての確かに名声はすごかった。


 いくつものファッション雑誌で表紙を飾っていたほどである。綾乃は彼に会うためならどこにだって通い詰めていたし、握手をするために写真集を何冊も買っていたりもした。


 桃花も少しだけ、あこがれてはいたのだ。あんなきれいな男の人を取ることができたら、どれだけ美しい「作品」になるのだろうか、と。




「そう! あいつだって、結局はいきなり熱愛報道とかでばれてそのままいなくなったでしょう? しかも相手の彼女も死んだとか行方不明だとか。明らかに何か闇があるようなま区切りで終わっちゃったし」


「それで最後の挨拶もできなかったって泣いてたよね……」




 あの頃は桃花もまだ幸せだったように思う。はたから見ればどんな感じだったのかは想像したくもないが、それでも自分だけが一番大好きな人を分かってあげられるのだと盲目的に信じていたことだ。


 きっと彼だけは、私の前からいきなり消えたりはしない。どんな女の子と浮気したところで、最後には自分のところに帰ってくるのだとそんな自負があったことである。




「そう、そんな櫻木昴級のアイドルだって消えちゃう場所なんだから。きっとすぐに性格悪いの露呈して消えちゃうよ」


「……うん」




 そういいながら、画面越しに昔の男を見つめる。




(やっぱりプロの人にしてもらったんだろうか? 化粧の仕方がだんだん上手くなってる気もするけど。でも、写真で毎回レタッチ消していたほくろはうっすら残ってるんだな)




 まじまじと見てしまうと、そんな感情が湧いてきた。それを綾乃はどう思ったのだろか。




「はあ、そうやって思い出して落ち込むからしんどくなるんだよ! せっかくの王子様とのデートだったんだしさ、嫌なことはアルコールで全部流しちゃえば?」




 綾乃はそういって、桃花にグラスをぶつけてきた。


 ぐら、とグラスは揺れて注がれたビールも揺れる。綾乃の顔は赤い。そういえば、先ほどまで仕事が終わったから、家でしこたま酒を飲んでいたと言っていた。だからこそ、すでに出来上がっているのだろう。




「ありがと。……そうできちゃったら、よかったかもね」




 桃花は綾乃に礼を言う。そして、もう一度、テレビを見た。


 そこには腹が立つぐらい綺麗な顔をした過去の男が映っていて、それを見て桃花は軽く笑った。



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