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第33話 剥がれそうなメッキ

「なんで、ここに?」

「それはこっちのセリフや! なんでここにおるん?! ていうか桃花ちゃん、もしかしてここで撮影とか?」


 どうやらここでメイクの仕事をしていたらしい。京志郎は上から下から二人の姿を眺めていた。


「いえ、それはさすがに。ここは撮影禁止でしたし……純粋に楽しみたくて」


 遊園地でいくつか撮影禁止エリアは許可証と共に教えてもらっていた。その中でも特に言われたのがお化け屋敷である。お化け屋敷の方は、いろいろと権利関係があるため、中の撮影は禁止だと言われていた。

 もちろん、それは桃花も分かっていたから、お化け屋敷のような暗所を撮るためのレンズは今回は持ってきてない。


「お! ええやんええやん、そういうの可愛らしくて好きやわぁ……って、それどころやない」

「あの、話が見えないのですが、僕たちが何かしてしまいましたか?」


 アルが遠慮がちに京志郎に尋ねた。

 先ほどのレストランで、京志郎からあれだけ酷いことを言われているから、さすがに彼も警戒しているのだろう。京志郎は大きくため息をついてから事の次第を語り始めた。


「はあ……あんたの顔がええのは分かってるけど、もう少し抑えてくれるか? 特にせっかく俺がメイクしてやった女の子のメイク崩れてるんやけど」

「もしかして、さっきのお化けのメイクって全部京志郎さんがされていたんですか?」

「そうやで。ここのオーナーとは知り合いでな。やから、オーナーに頼まれて、お化けの特殊メイクをしてんねん。しかも、温度やその時の天気なんかにも合わせて、一人ひとりに合ったものをメイクしていく。崩れそうになったら、すぐに直す。そういうことができるんは俺くらいなもんやからな」

「リ、リアルなメイクですね」


 京志郎自身も化粧をしている。アイラインもアイシャドウもしていて、顔色だってアングラな感じに変えているが、それが逆に似合っていて派手ではあるが、それが絶妙に嫌な感じになっていないのだ。丁寧に細かく自分が似合う化粧を本当に数ミリ単位で計算していることがわかる。

 それくらいのことができる男であれば、お化けのメイクぐらいは簡単なものだろう。きっとそれで人の印象をガラッと変えてしまうことが出来るに違いない。


「そうやってメイクを綺麗に綺麗に整えていっていたのに、いきなりお化けの姉ちゃんがやってきて、こないな姿やったら、もうおどろかせることなんかできへんで言われた時にはこっちかて焦ったわ」

「もしかしてそれが僕たちがやったことだと思っていますか?」

「たち、ちゃうな、あんただけや。桃花ちゃんがそないなことせえへんやろ」


(本当にこのふたりって相性悪いな)


 明らかに二人とも不機嫌になっていく様子をまじまじと身近で見せつけられながら、桃花はそんな感想を抱いた。

 アルは基本物腰が柔らかいはずなのだが、どうにも京志郎にはそういう感じではないのだ。


「それで汗でどろどろになってしまったメイクを直して、どうしてこんなことになったのか聞いたら、とんでもなくきれいな男の人に。会ってしまったからなんて言われた時には嫌な予感がしたんや」

「それをきちんと分かっていて、僕達に会いに来たということですね」

「まあな。ほんまにそうやとはさすがに思わんかったけど」

「ということは顔見に来ただけっていうことで大丈夫なんですよね? 私たちそれ以外に何かしちゃったわけではないと思いますし」


 さっきの剣幕からして、それ以上のことが起こったならば、それはそれでちゃんと謝らなければならない。少なくとも桃花は出版社の名前を借りて写真を撮りに来ている身分である。

 いくら表に出るわけではない写真とはいえ、この写真がなくては今回の写真集を出すことができないのだ。


「まあ、それでええんやけど。……なんや、やっぱりなんかあるな」

「……え?」

「この男や」


 まるで見透かすように京志郎は言った。


「俺はこういう仕事してるから、いろんな人の顔を見てきてる。その中でコンディションを見極めなあかんから、ちゃんとその人が何を考えてるかということを思ってるから読めるんや」

「……」


 アルはそれに返事をしない。京志郎はじっとアルの顔を見つめる。


「お前、メッキ剥がれかけてるで?」

「メッキ?」


  メッキ、と言われて、桃花が思わず京志郎とアルを交互に見つめてしまった。

 桃花にはわからない何かをこの男は見抜いているに違いない。こんなに短時間で。


「俺のメイクでそんなに何かトラウマでも刺激されたんか?」

「……そんなことは、ないですよ。どれも、とても素敵なメイクだったと思います。お化けたちもリアルでしたしね」

(あれ……? こんな顔、アルってしていたっけ?)


 そう言われた時のアルの顔は、桃花にとっては明らかにおかしい表情だった。

 いつもならば、もっときれいな顔をしているはずだ。それが何かゆがんでいるように見えてしまいそうな、何かが表に出てきてしまいそうな、それを抑え込んでいるような、そんな顔をしている。


「はは、やっと人間らしくなったな。だけど、それで桃花ちゃん悲しませるんはナシや。わかっとるんやろうな?」

「……ええ、心得ていますよ」


 アルはうなずいた。


(なんで、京志郎さんの方が、私よりもアルのことをわかってるんだろう?)


 二人の会話をききながら、桃花は戸惑うことしかできていなかった。


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