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第32話 彼女は知らない

 そこでようやく、アルは自分が今どこに居るのかに気がついたらしい。

 はっと顔をあげて、まじまじと桃花と、女性の幽霊役を見て、そしてニコリと笑った。


「いえ……すみません、いきなり変な行動してしまって。少し驚いてしまっただけです。すごくその仮装がリアルだったもので」


(これはものすごい破壊力……)


 桃花は思わずそんな感想を抱いてしまう。

 女性の幽霊役はすでにアルから目が離せなくなってる。一応生気のない青白い顔色をしているはずなのに、その顔色の下からほんのり赤みがさしているようにさえ見える。メイクすらも凌駕する程に彼女は顔を赤らめているのだろう。


「い……いえ、そんな……」


 顔を真っ赤にしている彼女は、そういいながら上目遣いでアルを見ている。

 なかなかシュールな光景である。


「あんまりここで立ち止まっていても、お仕事の邪魔をしてしまいますね。驚かせてしまって、すみません。それでは僕たちは先に行きますので」


 アルはそういったあっさりと彼女のそばを抜けていった。


「あの……もしかしてそんなに怖かったとかですか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけれど、何て言ったらいいんでしょうね……昔にああいう表情をした女性を見たことがあったんです。それと被って見えてしまって、少し自分の中で整理が付けられなかったんですよ」


(昔に、ああいう表情……?)


 あれは明らかに普通の女性でわなかった。もちろんメイクのせいもあるのだろうし、バイトで入っているであろう彼女もちゃんと怖がらせるためにそういう怖い表情をしていたに違いない。そんな表情を日常で向けられるということが普通ではないことは、桃花にだって理解できる。


(そんな表情をされるほどのことを、アルがしてしまった……とか?)


 それこそどんなことをしたのかが思いつかない。確かに顔は良いのだから、もしかしたら一方的な恋心を焼かれて、そのせいで何か妙なことで恨まれてなんて言うのは簡単には想像できるけれど。

(でも、女の子のあしらい方も慣れてそうなんだよなあ)

 さっきの女性の幽霊役に対してもそうだった。あのまま会話が弾んでしまえば、連絡先の一つや二つ簡単に渡されそうな雰囲気だったのに、それを押しとどめてそのまま立ち去る姿はとてもスマートだった。


「整理がつかないって……」

「ナイショにしておいてもらえると助かります」


 そしてこうやって仲良くなった桃花にさえ、距離を取ろうとしてくる。


(一番大事な情報を渡さないようにしている気がする)

 アルを構成する一番大事な情報に関しては、絶対に自分では教えないというような、そんな決意がどこかに現れている気がするのだ。


「さあ、もっと楽しみましょうか? ここからどんなおばけが出てくるか楽しみですね。奥に行けば行くほど怖くなるらしいですよ」


 そういったアルの背後からまたお化けが近寄ってくる。

 だが、アルはその後、先ほどのような動揺を見せることはなかった。



「なかなかすごかったですね、お化け屋敷!」


 それから十分ほど中を歩き回って、そしてようやく出てきた。背後からは未だ悲鳴が聞こえてくるのできっとほかの人から見たら怖いのだろう。だがどうしても桃花はメイクの方が気になってしまって、更に自分の中でお化けという「ホラー」をどうやったら「作品」にできるかばかりを考えてしまったせいで、怖がっていたというのは楽しんでいたと言う方が正しいのかもしれない。


「桃花が楽しんでくれたら良かったです」


 結局、アルもアルで動揺を見せたのが、その最初で最後の一回だけだった。あとは基本的にはゆったりとお化けを見ていて、時折桃花の言葉に同意してくれる。

 そんな感じで、館内を散歩したようなテンションだった。


「はい! 最後にたくさんゾンビに襲いかかられているところなんて最高でした。作り込みが本当にすごくて、あの下のアングルからちゃんと写真を撮ったら襲い掛かられてる雰囲気がやっぱりわかると思うんですよね。昨今のゾンビ映画とかって、CGとかを使っているせいか、近くからのローアングルで大量のゾンビを見るってことがなかなかない気がしてしまうんです。襲いかかる時だって、やっぱり一匹一匹が襲いかかってくる気がして……あ……」


 そこでまたしゃべりすぎた時がついてしまう。こんなふうに映画の談義を続けるつもりではなかった。

 口をおさえると、アルがニコニコと楽しそうに言った。


「桃花は造詣が深いですね。もしかして映画の時にもいつもそういう風に考えながら見ているのですか?」

「え、えっと……はい……」


 否定しようかとも思ったが、否定したところで何の意味もないだろう。

 そう思って桃花がうなずく。


「いろいろと考えながら観られるのはいいですよね。今度は映画でもいいかもしれません」

「今度……?」


 ここから先の話をされると思っておらず、桃花が顔を上げた時だった。


「ああ!! やっぱりあんたらやったんや! まったく、何考えてんねん!」

 そこでお化け屋敷の方から声が聞こえた。

「え……ええ?!」


 そこにいたのは、先ほどレストランでわかれたばかりの、中百舌鳥京志郎だった。


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