そう言って手を引っ張られて、中に入っていくことになった。中に入ればそこは薄暗く、非常灯が点々とある。
「すごく暗いですね……」
「そうですね。足元に気をつけてください」
ところどころに血痕のようなものが残されていたり、急に驚かされる仕掛けがあったりするので、いちいち反応してしまう自分が情けないとは思うのだが、なかなか慣れるものではない。しかし、妙に気分が高揚している気がする。先に早く進みたいだなんて、変なことを考えてしまっている気がした。
(……なんか、怖いけどわくわくしちゃうな……)
ホラー映画なども見ているせいだろうか。こういったアトラクションには興奮してしまう自分がいることに桃花は気がついた。暗い場所で恐怖を楽しむだなんて、まるで映画の中の世界のようだと思ってしまうのだ。
「ガアアアア!!」
その時、壁の中からゾンビが出てきた。目玉が飛び出していて、皮膚も爛れているように見える。口からは唾液を流していて、今にも噛みついてきそうな様子だ。
「……きゃっ!」
思わず驚いてしまうが、すぐに冷静を取り戻す。いくら本物そっくりとはいえ、これは作り物なのだ。だから怖がることはないはずだと自分に言い聞かせていると、逆に冷静になってしまう。
「……あ……でも、すごい、かも」
大きく手を広げて襲い掛かってくる様子はまるで本物のようで、リアルすぎる迫力がある。それを見ているうちにだんだんと怖くなくなってくるような気がしたのだ。それにこのメイクを施した人もプロなのだろう。血糊に見えるが、おそらくあれは特殊メイクだろうし、そもそもあの腕の長さまでワイヤーを使っているのではないだろうか? そんなところまで見えてしまうのだから、不思議と冷静になってしまうのである。
「こんなにメイクできるなんて」
「おや、気に入ったんですか?」
「はい。ほら、このあたりのメイクなんて素人ではできないですよ? きっと専門の方なんだろうなって」
桃花だってフォトグラファーの端くれだ。
メイクの細かいことはわからなくても、どれくらいの技量の人がメイクしたのか程度のことはわかる。ただかわいいとか美人だとか、そういう話ではなく、「コンセプト」に合わせたメイクができる人の方が重宝されるのである。
目をキラキラさせながら、人形のゾンビを観察している桃花に、アルは軽くくす、っと笑った。
「ええ、そうでしょうね」
そんなことを言いながら、二人でお化け屋敷を楽しんだ。薄暗い中でお化けたちが襲ってくる。人形であったり、人であったりもした。
それに軽く驚かされつつ、そのメイクや驚かし方を桃花も楽しんでいた。
「桃花のこと、少し勘違いしていました」
「え……勘違いって……何かそんなにギャップでもありましたか?」
手を繋ぎながらアルが言う。
もしかして可愛げがない、と思われてしまうのだろうか。そういえば、男の人は頼られるのが好きだと聞いたことがあるような気がすると不安になった。そういう可愛げのない行動をして、失望されてしまったのか、と不安になる。だが、彼の口から出たのは意外な言葉だったのである。
「桃花はちゃんと楽しんでくれる人でした」
「どういうこと、ですか?」
桃花が言っている意味がわからなくて首を傾げると、アルは微笑んだ。
「怖いものが苦手な人が多いじゃないですか。特に女の子はそういったものを苦手とする人も多いですしね」
「そ、そうですよね……? 私もあんまり可愛げがなくて……」
「でも桃花は違いますよね? 怖がっていても楽しそうです」
そう言われてみるとたしかにその通りである。別に怖いもの全般が嫌いなわけではないし、むしろ作り物のメイクなどは好きな方だ。だからこそ、今回のように楽しめる場所もあるわけで。
「そういうところが素敵だと思うんですよ」
アルは笑っていた。いつもの笑顔とは違う、どこか照れたような笑い方をしているように思えたが、それがどうしてかはわからない。
「アル、私は……」
そう言いかけたときだった。
「アアアア!!」
黒い長い髪の女がアルに抱き着いてきた。人間だった。
悲鳴を上げて、彼を驚かせようとしてみたのだが、彼は固まってしまった。
「あ……」
それはアルが初めて動揺したところだったのかもしれない。目を見開いて、まるで時が止まったかのように彼女を見ている。青白く頬のこけたメイクをしている彼女はかなり不気味な見た目をしているのはわかる。
(そんなに怖かったのかな……)
もしかしたら本当はものすごく恐がっていたのかもしれないと、信じられない気持ちでアルを見ていると、アルはぽつりと呟いたのだ。
「カナ……?」
それが人の名前だとすぐにわかった。
しかも女の人の名前だとわかってしまう。なぜかそれにどくりと胸が締め付けられるような思いがした。
「あ、あの……」
そんな風にじっと見ているアルに、女の幽霊役も何か不穏なものを感じ取ったのだろう。何か心配そうに声をかけてくる。
「アル、だ、大丈夫ですか?」
桃花も思わず彼に尋ねてみた。