「……どうかしましたか?」
その声にどきりと心臓が高鳴ったのがわかった。顔が熱くなるのがわかるほどに恥ずかしい気持ちになったのだが、それを誤魔化すようにして桃花はカメラを構えた。
「い、いえ、大丈夫です! ほら、そこに立ってください!! 早くしないと、せっかくのアイスティーが溶けちゃいますから!」
桃花はアルにそういって促した。
昼過ぎになって夏日のせいで、ハイビスカスとベリーのアイスティーの氷はそれほど長くもたない。だから撮ろうと思ったわけなのだが、どうしてもアルの顔がまともに見られなかったのであった。
(もう……! なんでこんなことになってるのよ……!!)
心の中で文句を言いながらもシャッターを切っていく。その音に合わせて次々とポーズを変えていく姿はまさに王子様そのものだ。そのたびに歓声が上がりそうなものだが、ここは人がまばらなのでそこまで目立つこともないようだ。ただ時折遠巻きにこちらを見ている人がいるくらいだろうか。
それでもさすがに話しかける勇気はないらしく、みんな近寄ろうとしてもすぐに諦めたように立ち去ってしまう。
(まあ、おかげで集中していられるんだけどね……)
周りの目が気にならないというのはとてもありがたいことだったし、何よりも目の前の光景に集中することができるようになったためだと言えるかもしれない。
そのまま額に汗が浮くのもかまわないで、桃花はアルを取り続けた。アイスティーとのコントラストを強調するためにあえて、アルに注ぐ光を少なくしたり、逆に強めたりしながら何度もシャッターを切った。
(ああ、楽しいな……)
この瞬間だけは嫌なことも忘れられる気がする。綺麗な王子様が、また「作品」になっていく。ファインダー越しに見える王子様。触れようと思えば触れられる距離にいる。
桃花は夢中になって撮影を続けた。
それからしばらくして、ようやく満足したところで撮影を終えた二人はベンチで休憩をしていた。
「また夢中になっちゃってすみません」
「いえ、それはわかっていますから」
アルはそう言いながらもにこりと微笑んでくれる。その微笑みを見るだけで自然と胸が高鳴るのを感じた。
(なんで、こんなにドキドキするんだろう……)
「でも、ちょっと疲れましたね」
その言葉にはっとして顔をあげれば、確かに彼は少しだけ疲れたような表情を見せていた。
(そうだよね、ずっと立ちっぱなしだし……ちょっと無理させちゃったかな……)
「なので、これを飲み干してもいいですか?」
「はい! 全部飲んでください。もう氷も溶け切ってるので、これ以上は買いなおさないといけませんし」
申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、それと同時にやはり心配にもなった。しかしそんな桃花の気持ちとは裏腹に、アルはけろっとしていた様子でハイビスカスとベリーのアイスティーを飲み干してしまった。
(あれ? 意外と体力あるのかな? それとも私が気にしすぎなのか……)
「それならよかった、それにちょっと行きたいところもできたので」
「行きたいところ、ですか?」
空の容器をゴミ箱に入れて、アルが提案してきた。何か行きたいところができたのだろうか。そんな桃花に、アルが手を繋ぐ。さすがにアルも疲れているのか、少しだけ汗をかいているが、その手はひんやりと冷たかった。
「ちょっといっしょに来てくれますか?」
「は、はい、構わないですけれど」
正直、すでに百枚以上写真を撮ってしまっている。それなのにジェットコースターしか乗っていないのだ。アルが楽しんでくれるならそれでいいとは思うが、そろそろ別の乗り物にも乗りたいというのが本音だった。
しかし、どこに行こうというのだろう? そう思って尋ねてみるものの、答えは返ってこなかった。
やがて彼が足を止めたのは大きな建物の前だった。
「ここって……?」
「実はお化け屋敷なんです。調べていたら、機械などではなく本当の人間が驚かせてくれるのだとか。プロのメイクアップアーティストがお化けのメイクをしているらしいですよ」
「お化け屋敷……」
看板からしておどろおどろしい雰囲気を感じるそこはいかにもといった建物である。巨大なろくろ首やがしゃ髑髏、さらに首が何本も生えている女性の幽霊などが描かれているのを見るとちょっと考えてしまう。
(アルを撮る印象としては、また違うかも……それならむしろ、さっきの京志郎さんの方が似合うというか……)
遊園地に来るのは初めてではないが、それでもホラーは撮ったことがない。モデル撮影でハロウィンのコスプレ写真はあったが、ここまでのものではなかった。
「嫌ではないですか?」
「え、いえ! というか、実はこういうの入ったことなくて……嫌ではない、と思うんですけれど」
また撮影のことを考えていたとは言えず、桃花は素直に白状した。すると、なぜかアルは少しほっとした表情を見せた気がした。気のせいかもしれないが、彼が嬉しそうに見えたのだ。
「では入りましょう。僕、一度入ってみたかったんです」