「そうですか。良かったです、てっきり僕のことを考えてくれていたのかと思っちゃいました」
「え、いや……それはないです!」
慌てて否定してしまった。それは事実ではあるが、さすがに本人の前で言うには恥ずかしすぎる言葉だ。しかし、アルはその反応が面白かったらしく、笑い始めた。
「そんなにはっきり言わなくてもいいじゃないですか」
「ごめんなさい、でも間違ってないから」
「まあ、そういうことにしておきましょうか」
そう言って笑う顔は無邪気で子供っぽかったが、なんとなくそれ以上突っ込むことはできなかった。
「ごちそうさまでした」
食事を終えると、アルが手を合わせた。頭を下げて、挨拶をする。その姿に思わず桃花は尋ねてしまった。
「……あの、アルって日本で生まれたんですか?」
「いえ? 僕はアメリカ生まれですよ」
(あ、そこはあっさり教えてくれるんだ)
生まれに関してもぼかされるかと思ったが、意外にすんなり教えてくれた。
「そっか……それでも、日本語上手ですよね。挨拶も綺麗にできますし」
訛りなどもなく、綺麗な発音だと思う。その顔を隠して話をされたら、きっと彼が日本人なのかどうか判別つかないだろう。
「勉強したんですよ。日本で仕事をしたいと思っていたので、その時に不便にならないように」
「じゃあ、英語とか喋れるんですか?」
「ええ、もちろん。後はフランス語とかドイツ語とかもある程度は」
さらっと彼はそう言ったが、語学が必要になるということはそれなりに必要な場面があったということだろうか?
(この人って一体何者なんだろう?)
疑問が浮かぶ。アルのことが一つわかったと思ったのに、それ以上の謎がさらに生まれた気分である。
「でも日本語は便利ですよ」
「便利?」
「はい。アニメを見るときなどやコンセプトカフェなどに行くときも、こちらの言葉で話せて聞けた方が便利です」
「そういう考え方なんですね……英語でも私大変だったから、そういう感情にはなれなくて」
そういえば最初にアリスカフェに入ったこともある。あの時も確かに楽しそうにその雰囲気を楽しんでいた。日常英会話も勉強しないと大変だった桃花にとってはアルの言葉は衝撃的だったのだが。
「そんなに大変そうに考えなくても大丈夫ですよ。言葉を学ぶのに一番手っ取り早いのは、その地の恋人を作ることです。そうすれば大好きな人のことをもっと知りたくなって、言葉を知ろうとできますから」
「え……」
まさかの言葉に驚いてしまう。
(つまり、それってフランス語とドイツ語と日本語を話す恋人がいるってこと……? それとも……)
一瞬、その驚きにさらに言葉を紡ぎそうになるがぐっと飲み込んだ。
(この人は誰にでもそういうことを言うんだよね……うん、きっとそうだ。期待しちゃだめだ)
桃花は自分に言い聞かせるようにして、頷いた。そういうことにあきらめをつけることだけは、桃花だって得意だった。
「……わかりました。頑張りますね」
「……ええ、頑張ってください」
アルはにっこりと笑って頷いてくる。
それがどこか張り付けたような顔だったのは気になった。
(なんか、何かを隠しているような)
先ほどの無邪気な子供っぽい笑みではなく、何かを押し殺して隠してしまおうとしている。何か表層に浮いてこようとしているものを、必死に抑え込もうとしているように見えて仕方がなかったのだ。
しかしその理由は分からない。
「え、えっと、じゃあ撮影用のドリンク買ってきますね」
結局は桃花ができることなんて、撮影用ドリンクを口実にこの場を離れることだけなのだ。
アルの表情をこれ以上見たくなかったというのもあるが、この話題を続けたくないという気持ちもあったのだ。
そのまま立ち上がって、レジのほうに向かうことにする。このまま彼と話していたら、自分の気持ちに気づかされてしまうような気がしたからだ。それに、少し一人になりたかったというのもある。今は特に彼と一緒にいてはいけない気がした。
(何かよく分からなくなっちゃう気がするんだよな)
そんな気持ちが心の中にあるせいで、彼のことがまっすぐ見られない気がしていた。だから一旦離れるために、急いでその場を離れようとした。
「このあたりでどうですか?」
そうして撮影用のハイビスカスとベリーのアイスティーを簡易的な保冷用機にいれて、周囲を見渡した。
「いいんじゃないですか? ほら、そこで舞台をやっているせいで、人通りもありませんし」
どうやら昼過ぎになって、遊園地もイベントで人が多くなってきたらしい。平日だというのに家族連れもちらほら見えるようになっている。そのためか、こちらに注目するものはいないようだった。
「じゃ、ここで撮りましょうか」
桃花が指さす先は噴水の前である。撮影場所としてはぴったりの場所だと思った。周りにある木々がいい具合に隠れてくれるだろうし、それに何より背景がシンプルなほうが写真映えしやすいだろうと思ったのだ。
「そうですね」
アルもその意見に賛成してくれたので、桃花はすぐにカメラの準備をし始めた。さらに持ってきたストローなどの小物をセットしていく。そして、それが終わると今度はストロボの設置に取り掛かった。とはいっても自然光もあるので、ほぼお守り代わりである。
「あ、そこだと影ができませんので、もう少し右にお願いします」
「こっちですか? このあたりの方が光を当てすぎなくていいですね」
「ありがとうございます、助かりました」
アルはそう言って、嬉しそうに笑った。その表情を見ていると、なんだか心がざわつく。
(私、どうしたんだろう……さっきから、変だな)
先ほどからアルの顔を見るたびに変な気持ちになるのだ。もしかしたら、アルという何もわからない存在が、少しずつ何か桃花の予想もつかないものへと変化を遂げているのかもしれないとも思うのだが、それをどう表現したらいいのかわからなかったのである。
(なんていうか……やっぱり可愛いんだけど、それだけじゃないっていうか)
こうしてみると、本当に天使のような美貌であることがわかるのだが、それだけでないような気がしてならない。もっともっと深い何かが隠されているような気がするのだ。その奥を知りたいと思う反面、知るべきではないと思っている自分もいる気がしてならなかった。
(何考えてるんだろ、私は……)
もう忘れようと思いなおして首を振ると、アルが心配そうに顔を覗き込んできたことに驚いた。