「お待たせいたしました、パスタのほうお待ちしました」
そう考え込んでしまいそうになった時に、その思考が邪魔された。
「やっと来ましたね? 桃花、どうしましたか? まだ撮影の構図でも考えているんですか?」
「いえ……そういうわけじゃないんですけど……あの、食べちゃいましょうか?」
無理やり笑顔を作って、そうやって笑いかけてみるとなぜか寂しそうな顔をされた。
「……もしかして、何か、あの京志郎とかいう人に言われました?」
「そんなこと言われないですよ。本当にあの人にはいきなりアイメイクをされて、それからくだらないことしゃべっただけなので! アルのことだって、しゃべるつもりもなかったですし」
アルが目立つのは嫌がっていた。なんかそれがいるということを言っても、それがこんなに完璧な王子様なんて絶対に伝えなかったはずだ。
それにアルはパスタを自分の分を引き寄せてから言った。
「もしかしたら先にちゃんとそれは伝えるべきだったかもしれませんね」
「え? どうしてですか?」
「そうしないと、あの男は桃花にもっと近寄ってきたかもしれません。そうなったら撮影が出来なくなるでしょう」
「そこまでは心配しすぎですよ」
「それならいいんですけれど……」
アルはちらりとこちらを見てから、フォークを手にした。そしてくるくるとパスタを綺麗に巻きつけて口に運んだ。
「美味しいですね」
「そうですね」
アルが食べているのを見ていたら、何だかお腹がすいてきたような気がしてきたので、自分も同じように巻き取って食べてみる。アルが食べていたものと同じものを頼んだので、味は同じはずだが、王子様のアルが食べているもののように上手く食べられない。やはりどこかぎごちなくなってしまう。
(こんなことしていたら笑われてしまうかも?)
そんな不安がよぎったが、もう今更だ。それよりも何よりも早く口に入れたい欲求の方が勝っている。匂いをかいでいるとだんだんと空腹を思い出してしまうのだ。
「ん……やっぱり美味しい!」
空腹もあっただろうが一口食べただけで口の中に幸せが広がった気がした。オリーブオイルに絡んだパスタが舌の上でとろけるような感じがするが、決してくどくはない絶妙なさじ加減である。そこにしゃきしゃきとした新鮮な野菜の食感とハーブの香りが鼻を通り抜けていく。
「気に入ってくれたみたいですね。あ、細いパスタはこうしてフォークをあまり巻き付けないほうがいいですよ。それでも綺麗にまとまるので」
「そうなんですか? こ、こういう感じ?」
アルの言葉に従ってみると、確かにさっきよりはだいぶ食べやすくなった。
「ん……ほんとにすごくおいしいですね!」
今度はゆっくりと味わいながら食べると、口の中でいろいろな味が混ざっていく。
ハーブの香り、それにベーコンの塩気がアクセントになってどんどん食欲を刺激してくる。
「そうでしょう? よかった、桃花が美味しく食べられるなら嬉しいです」
アルはそう言ってにっこりと微笑んだ。
桃花はその言葉に頷くことしかできなかった。
(どうしてそんなにも優しいことを言えるのかな)
ずっと不思議だった。ただの仕事上の付き合いでしかないのに、どうしてこんなに優しくしてくれるのだろう?
「私はこういう感じのパスタはあまり食べないんですが、結構好きかもしれません」
「だったらまた来ましょうよ。僕は桃花と来たら楽しいだろうなって思うんで」
さらりとそんな風に言われて思わず赤面してしまう。
(こういうのって天然で言ってるんだろうか? それともわざと?)
真意が全く見えないだけに、その言葉の裏を探ってしまう自分が嫌だった。
「私も一緒にこれを食べるなら、アルと一緒がいいなって思います」
だから素直な気持ちを返した。別に他意があっていったわけではないのだが、その答えに満足したのか、アルはにこりと微笑んでくれた。
(ほんと不思議な人だな……)
そう思いながら桃花は残りのパスタを食べ始めたのだった。
(ずっと誰かを喜ばせるのを楽しませているような。でも、京志郎さんみたいに明らかに嫌がっている人がいても、それを気にしないでぐいぐい行くような強引なところもないし、それでいて私を気遣う優しさも見せてくれるし)
見た目だけではなく、中身も完璧だった。だからこそ、こうやって食事をしていても緊張することもない。むしろくつろいでいられる。
(こんな人とずっと一緒にいたら、きっと毎日楽しくなるんだろうな)
ふとそんなことを思ってしまった。だが、そこで桃花は気づく。
(あれ? 私、もしかして、この仕事終わったらお別れするのが寂しいって思ってる?)
いやそんなはずはないだろう。だって、桃花はもう恋なんてできないし、アルのことを確かに綺麗だと思うが、それはやはり乙女ゲームの王子様と同じ感覚なのだ。それは変わらないことはわかる。
(そうだよね。だって王子様は画面から出てこないから王子様なんだし。アルも同じだよね)
桃花は首を横に振って、そして再びアルを見た。すると、彼はじっとこちらを見つめていることに気づいた。その視線はまるで何かを見透かすかのように鋭いものだった。
「桃花、何を考えているんですか?」
「え、いえ……ちょっと、次の写真をどうしようかなって」
無理やり考え出したにしては、まともな言い訳ができたのではないかと思う。しかし、アルはそれを信じてくれたようで、ほっとしたような表情を見せた。