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第27話 間違いではない指摘

「……綺麗」


 思わず桃花はつぶやいた。太陽の光を浴びて宝石のように輝き、グラスの中でベリーが氷の上に浮かんでいる。ハイビスカスの少し酸味のある花の香りが漂ってくる。


「これ、すごくおいしいですね!」


 写真を撮るな、といわれているから写真を撮ることはできず、目で何度も楽しんだ後にすぐさま口に含んだ。まだ小売りが溶けきっていないせいか、味がしっかりと伝わってきておいしかった。


「ハイビスカスとベリーってどんな感じの味なのか?想像はちょっとつかなかったんですけど、でも飲みやすいです!」


 ラズベリーやブルーベリーの甘酸っぱさが、口に広がるたびに涼やかな風を運んでくる。飲みやすく、見た目も華やかで、まさに夏にぴったりのドリンクだった。


「そうですね。こういう感じのものは冬に飲むのではなく、この季節が一番美味しく感じますね」


 アルもそれに頷く。

 桃花は一口をつけた後のアイスティーをそっと日の当たるように置いた。そして、首をかたむけて何度も角度を調整してみる。


「こういう感じのものは日向においたほうが綺麗に撮れるんですよ。少し光を散乱させるような設定やレンズにすると、きらきら光っているように見えるんです。やっぱり夏の日差しは強いといわれることはよくありますけど、コツさえ掴めば、その光も利用して透明なグラスなんかは余計に綺麗に見せることができるんです」

「今は写真を撮っちゃいけないって言われてるのに熱心ですね」

「あ、忘れたわけじゃないんですけど、なんて言うかクセで」


 思わずそれを指摘されてハッとなってしまった。

 綺麗なものを見ると、それをより美しく見せるにはどうしたらいいのかを考えてしまうのだ。

 特に、こういう食事の場合は美味しく煌びやかに見せることが大事だから、どうしても人物の撮影とはまた違った工夫が必要になってくる。

 もともと桃花は小物なんかを撮るのが好きだったから、こういうものを見るとついつい考えてしまうのだ。


「桃花らしいですね」


 それに対してアルが笑う。


「だったらそれを後でテイクアウトしましょうか、そうすれば、僕はその飲み物を持って写真撮影をすることができます」

「え、そこまでやってもらわなくて大丈夫ですよ。ほら、さすがににはいを飲んだら飽きちゃうかもしれませんし」

「でも、僕とこのドリンクが似合っていると思うんでしょう?」


 アルはそういいながら、頬にそっとグラスをよせてきた。

 綺麗な顔と赤いグラス。光に照らされてできる飲み物のおかげが独特の光を放っていて、それがまたとても綺麗だった。


「そ、それはそうなんですけど!」


 そのまま、遊園地の光が乱反射しているような場所で写真撮影をすれば、どれだけ映える写真になるのだろうか。

 先ほどの海が爽やかな王子様の印象だとすれば、今の彼の感じはその王子様が心から遊園地を楽しんでいる。そういう姿になるだろう。


「だったら、それは私が買います!」

「女性におごってもらうのは主義に反するんですが?」

「でもそれだけはだめです! 仕事に必要な物なので、それは私がちゃんと買います」

「あとは領収書をもらうんですね。それだったらいいですよ」

「……わ、わかりました!」


 アルが頷いてくる。

 とことん桃花にお金を出させないだろう。しかし、こんなものを経費で使ったとなったら、きっと何か言われるに違いない。彼はきっと気づかないだろうから、こっそりこれを自分のポケットマネーから出してしまえば、それでいいのだ。


「ちゃんと経費で計上したか、それも確かめてもらえますから」

「なんでそこまでできるんですか?!」

「ナイショです」


 アルはにこ、と動かすように笑ってみせた。


(この人ってこういう風に人を煙に巻くときの笑い方のほうが、なんだか楽しそうに見えるのは気のせいなんだろうか?)


 なんだか背筋にうすら寒いものが走った気がした。

 あの京志郎の言葉は本当かどうかはよく分からないとしても、なんだか生き生きしているツボが人は違う気がするのは間違いない。


「ちゃんと経費で計上します……それでも千円もかからないんですが」


 それを経費で計上したとしても、きっと飯田編集長は怒ったりしないだろう。


(だけど、なんか自分がどうしても取りたいものなのに、それを会社のお金出させるというのが、なんだか悪い気がするし……でも、何らかの形でそうしているかどうかが分かるっていうなら、それがバレたとき大変なことになるかもしれないよね)


 アルの正体が分からない以上、そこで下手に誤魔化すような行動をとって、あと何か発生しては困る。せっかくここまで綺麗な写真が撮れたのだ。それを役立てない、というのは大きな損失ではないだろうか。


「僕は自分の主義に反することはしたくないんです。桃花がそれで不幸になるならいざ知らず、そういうわけでもないんだったら、ここは僕のわがままを聞いてください」


 またずるい顔でそんなことを言われた。


「……わかりました」


(この人って、私が不幸にならないことならいいっていう言い方もなんていうかズルいよね)


 本当にこの顔立ちでこの性格で、どうして桃花の撮影を了承したのかがわからない。


(そんなことしなくたってお金が欲しいのなら、いくらでもやり方もあるはずなのに、どうしてそんなことせずに私の提案に乗ってくれたんだろう?)


 そこでまた影をおとしてくるのは、あの京志郎の言葉だった。


(もしこういうところが死人みたいだって言われているなら、それはあながち間違いじゃない……?)


 何か、イヤなことを考えてしまった。

 優しくてかっこよくて、そしてこちらにも気を使ってくれる理想的な相手なのに。何か引っかかっているのだろう。

 何も明かさないままに、自分に何もかも与えてくれようとする。

 そんな相手に、何を今……?


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