「お姉さんやったら分かるやろ? そないに大層なもんぶらさげとるんやし」
男はそう言ってもう指さした。確かにこれは普通のカメラではない。それに撮影可能の許可証も腕にぶら下げている。
だから桃花がどういう人なのかはすぐに理解できたに違いない。
「まあ、それは多少は……」
「やったら良かった。撮影でおろそかになって、自分の魅力忘れたらあかんよ」
にこにことそう言いながら笑って、男はメイク道具を片付け始める。綺麗に道具を拭って、ちゃんと手入れしている。メイクアップアーティストでも、道具が汚れている人も多いが、どうやら彼はそういうものを丁寧に扱うらしい。
なんとなく不思議な人だった。
「……あの、ありがとうございます。お名前だけでも聞かせてもらえますか?」
こういう時はせめて名前だけでもきかなければならないかと思って、桃花は思わず口走る。口の中がカラカラに乾いていくのは、
「ああ、せやった。大事なこと忘れとった。オレは中百舌鳥京志郎言うんや。漢字だけでもごっつい名前やろ?」
「は、はあ……えっと、私は望月桃花、です」
そういいながらスマホで文字を見せてくる。
中百舌鳥
「うん、せやったら、百万円」
「は?」
いきなりの法外な値段を突きつけられて、桃花は焦った。
「だって人に何かしてもらったら、その分お金が発生するのは当然のことやろ?」
「い、いや、そうですけれど! でも、さすがにアイライン引いてもらっただけで百万円っていうのは、ちょっと!? あの、ご飯奢るとかならまだ何とか考えますので!」
思わず口からついて出てくる言葉をそのまま話してしまった。こんな見ず知らずの人にそんなに簡単に体験を渡すことなんてできない。しかし、確かにこの技術は本物だったのだから、そのお返しぐらいはしなければいけない。それは道理としてわかっているのだ。
だからなんとか桃花は今の自分ができることの精一杯を言葉にしたつもりだった。
「ふ、あはは、アハハハハハ!!」
それなのに京志郎は笑ってくる。
「えっと……?」
「自分おもろいなあ。ええよ、そんなん、ご飯はもう済ましたし。奢ってもらわんでも大丈夫」
「も、もしかして、揶揄ったんですか?」
目尻に涙まで貯めて笑ってくるその反応に対して、ようやく桃花も気がついた。
「うん。そうやで」
問いつめて見るとあっさりと自白した。しかも悪びれてもなさそうなようで、クスクスと笑いながら、京志郎は言った。
「だってお姉さん、ずっと何か考え事してるような顔ばっかりしてるし、それぐらい優しくしてあげなあかんかなと思って」
「それは……」
桃花も言葉に詰まってしまう。自分の今の悩みを誰かに打ち明けて、それで楽になれるような、そんな単純なものだったらよかったのだろうが、あいにくそういうものではない。
「せっかく俺がセクシーしたったのに、そんな顔してるんやったらもったいないで。せやったらその悩み、ちょっと聞かせてや。俺今から仕事やねんけど、あんまりおもろない仕事でな。やから、そういう人のお悩み相談でおもろいの聞きたいんよ」
「……」
桃花は迷った。ここでアルの話をしていいのだろうか。
こんなにものかもよく分からないような男に対して、そんなことを本当にしていいのか。
そもそもアルはきっと注目されることを望んでいない。それを桃花が望んだから、なんとかギリギリ今モデル撮影してくれているのは、雰囲気でも分かってしまっている。
そんなアルのことを話してしまって果たして本当にいいのか。
(というか、ことがあるほど、彼のことをわかっているわけでもないのだけれど……)
自分でもそれぐらいは自覚はしている。アルの正体も何もわかっていなくて、ということと言えば恐ろしく王子様みたいな顔をしていることくらいだ。
「……あ、あの、王子様って何を考えていると思いますか?」
「なにそれ、なぞなぞ?」
自分もこんな言葉で伝わると思ってないほど曖昧な言葉が出てきてしまった。京志郎も答えていいのかがわからないというように首を傾げている。
「え、えっと、それが私の悩んでいることというか」
「ふうん? 俺、クイズやったら得意やねんけど、なぞなぞはどうも気が合わへんのよな」
これは嘘は言っていない。
だからなんとか話してみると、京志郎は「ううん」とこめかみの部分をぐりぐりと人差し指で押しながら、なんとか絞り出すようにして答えてきた。
「まあ、俺やったらこう思うかな? そんな面倒な王子様なんて、捨てたらええって。分からんようなやつはどう考えたってわからへんし」
「それは……できないというか」
そんな突き放すような言葉にたいして思わず否定してしまう。それができないからこそ困っているのだ。
だから、もっと別の解決策がほしい。そう思って更に質問を重ねようとした時だった。