「ここですね、確かに綺麗な場所です」
遊園地内のレストランは坂道を整えられた階段の上にあった。入口には大きなガラス窓が並び、外からは海と遊園地の観覧車が見渡せる。
「確かに、意外と距離がありますね」
階段を上っていくだけで、少し汗をかいてしまった桃花には、レストランの冷房にほっと息を吐いた。
さっきまではカメラで夢中で写真を撮っていたからあまり気が付かなかったが、自分もかなり汗ばんでしまっている。
「でも、来ただけあるっていうか……すごい……」
店内はカジュアルながらもどこか懐かしさを感じさせるデザインで、木製のテーブルや椅子が所々に並べられている。壁には遊園地の歴史を感じさせる古い写真や、サーカスを思わせるヴィンテージのポスターが飾られていた。
床は白と青のタイルで、どこか海の泡を思わせるようなデザインが施されていて、桃花は無意識にカメラに触れていた。
「ふふ、桃花。約束ですからね?」
「わ、わかっていますよ。ここでは写真は撮りませんから」
自分でも写真撮影のことを考えがちになってしまっているのはわかっている。
もちろんアルは案内された席でメニューを開いた。
(これ、このまま乙女ゲームのスチル絵にできそうなクオリティだよね)
何気ない動き一つ一つで、サングラスを外したアルが綺麗なことを証明している。
一応、お昼ごはんのピークが過ぎているために、人がそこまでないことは幸いしてじろじろと見られる事も少ないものの、それでも店員さんたちがチラっとこちらを見てくるのがわかる。
それを何事も無く受け止めて、そのまま流せてしまうアルは、こういうことは慣れているのだろう。
(まあ、私が写真を撮った時も、それをバレないようにしていても分かったくらいだし)
自分の顔の綺麗さとかもわかっているのだろう。
(そういう人ってきっと幸せなんだろうな。色んな人から優しくしてもらえそうだし。……まあ、トラブルもきっとそのぶん多いんだろうけど)
モデル撮影の時によく同性だからと恋バナもしたことがあるのが、そのときに厄介な男が寄ってくるという話はよくきいたものだ。それがもしかしたら逆の時もあるかもしれない。
厄介な女の人に絡まれて、女の人がどうしてもだめになった、というモデルを見たこともあったからだ。しかしアルはちゃんとこうして桃花といっしょにいるのだから、その可能性はない、のだろうか。
「ふむ……桃花、どうしますか?」
「え、あ……えっと、どうしましょうか?ちょっと待ってくださいね。期間限定のやつにするか、それとも定番のやつにするか……」
アルを見つめすぎていて、自分のことがおざなりになっていたなんて、さすがに言えない。
がんばって決めようとすると、アルがスマホを持って席を立つ。
「だったら少しゆっくり決めておいてくれますか? 僕は期間限定メニューでお願いします」
「えっと、はい。あの、何かあったんですか?」
「はい、ナイショの電話が来てしまいました。すぐに戻りますから、待っててください」
アルはまるで桃花の質問を誤魔化すかのように、唇に指先をあててすぐにそのまま店外へとスマホを押し当てて行ってしまった。
「……は、はあ……?」
ナイショの電話、というものがどういうものなのかうまく想像できなくて、桃花は曖昧に返事をするばかりだった。
(何か、仕事の電話とか? でも、アルの仕事って?)
そもそも名前もよくわからない。アルがどういう存在なのかよくわかっていない。
「モデルとか、そういう感じの仕事だったらいくらでもあると思うんだけど、そうじゃないとすれば……」
アルの顔を思い浮かべながら考える。
なんとなく平日に自由になる仕事といえば、フリーランスの仕事を思い浮かべてしまうが、指先まで綺麗に整っていた。
インクや何か特定の指に傷があるなどの、わかりやすいヒントもない。
「……まさか、社長……とか。いや……まさかね」
そこまでいくと何が目的かわからず怖い。
かといってそれ以外にヒントもない。本気でアルのことがわからず考えてしまう。
「でも、せめて、少しはアルと並んで歩いてもおかしくないって思われないと」
桃花は鏡を覗き込む。
そこには平凡な顔があった。信じられないようなイケメンのアルの前では霞んでしまいそうだ。
「……ここで無理して化粧しても、ただ単に派手になっちゃうだけだよね」
目元だけでも化粧をなおした方がいいのかもしれないが、すでにファインダーを覗き込みすぎて、アイシャドウやアイラインは薄くなってしまっている。アルがいれば振り返る人はみんなアルを見ているのだから、桃花のことなんて見ていないだろうし、そこまで気にする必要もないんじゃないだろうかと自分の中で思ってしまう。
「だったら……いいのかな」
今日ここでこうやって2人でご飯に行けただけでも本当に嬉しいことなのだ。そうやって喜ばないとは違う気がする。そう思ってしまって、なんだか俯いてしまって。どうして自分がこんなに悔しがっているのか、よくわからなくなってしまいそうだった。
そんな時だった。