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第20話 いっしょにご飯

「お昼ご飯も食べますか?」


 海の撮影がひと段落して、アルがまたにこやかに言った。

 はっとして時計を見ると、すでにお昼の時間を過ぎようとしているような時間だった。

 一応カフェで休憩は挟んでいるとはいえ、かなりの時間写真撮影していたことになる。


「……えっと……すみませんでした」

「なぜ謝るんです? それよりも何か食べたいものあります? あ、食べられないものがあったらそれも教えてください」


 夢中で写真を撮りすぎてしまった。


(アルの内面知りたいって思っていたのに、それどころか自分のことに巻き込みすぎているんじゃ……!)


 彼だってそれなりに疲れているに違いない。

 額にうっすらと滲んだ汗が、それを物語っている。普通ならばそこまでやっていれば、マネージャーなんかが苦情を言うことも少なくないが、今のアルにはそんな人はいない。

 だからアル自身が言ってきてもおかしくないような状況にも関わらず、アルは桃花を責めるようなことは一切言わずに、レストランを調べ始めている。


「あの、アルが食べたいもの、食べてほしいっていうか。こういうの、さすがにこっちでお金出すので!!」


 さすがにここまで付き合ってもらっておいて、それで何もしないというのは桃花にとっても気まずすぎる。

 そのための予算や交渉だってする。今回のことは個人的なことも混じっているのだから、最悪桃花が自腹で何とかしたってかまわないと思っていた。


「それはイヤです」


 それなのに、アルは桃花を笑顔で追い詰めるようなことを言ってくるのだ。


「なんでですか?!」


 桃花がアルに反論してみると、それが面白かったのか、クスクスと笑われてしまう。そして歯の浮くようなことを言ってくるのである。


「だって、年下の女の子にごはん奢らせるのは僕の主義に反するだから嫌です」

「……年下って」


 桃花だってそれなりに年齢を重ねているはずである。確かに他国の人から見ると、日本人は少し幼く見えると言われたことはあったが、でもここまで流暢に日本語が喋ることができるのだ。それなりに日本人と交流を重ねていたに違いないのである。

 そんなアルが桃花を子供だと思っているわけでは無いのだろう。


(ということは逆にアルがかなり年上ってこと?)


 考えたくもないが、その可能性もある。

 個人的に外国の人と関わることは少ない。ファッションフォトグラファーとはいえ、桃花は英語は得意ではないから、国内のモデルを相手にすることが多くなる。どうしてもの時はピンチヒッターで写真を撮ることがあっても、通訳や翻訳アプリを通して、簡単な会話をするぐらいしかできなかった。


(それってかなり私は無礼な口きいてたんじゃないんだろうか?)


 そうなると、余計に今の状態が気まずいものになってしまうので、これはどうしたものだろうかと算段を巡らせていると、アルが桃花に頷く。


「僕がしたいことをさせてくれるというのであれば、ぼくは素直に桃花に喜んで欲しいんですよ。美味しいものを食べておいしいって言ってくれたら、それだけで充分です」

「……ほんとに、王子様ですね」


 完璧すぎるセリフに思わずそんな声が漏れた。

 今どきの乙女ゲームでも、ここまでは相当好感度を上げないと言ってくれない気がする。


「王子様、ですか?」

「え……あ、いえ、そうじゃない、ですけれど……」

「そうだ、一つだけ要望をいってもいいですか?」

「要望、ですか? はい、何でも言ってください!」


 何か食事に対して要望があるのだろうか?もしかしたら生の魚が食べれないとか、そういう話かもしれない。そう思って桃花は彼が何を言い出すのか、ドキドキしながら待った。


「はい。もしどうしてもなければ。写真を撮らないで欲しいです」

「写真……?」


 何が言いたいのかわからなくて、桃花はアルの言葉を繰り返す。するとアルは、「そうです」と返事をした。


「食事は一緒に楽しみたいものですからね。だからできれば写真を撮らずに一緒に食事をしたいんです。それはできますか?」

「わ、わかりました!」


(食事シーンまで写真に撮らせてくれっていうのは、確かに厚かましいかもしれない……!)


 アルの要望に、桃花は頷く。

 むしろここまで桃花の要望ばかりだったのである。食事の写真を撮らないでほしいという願いくらい簡単なことだ。


(それくらいでこっちの罪悪感が薄れるのは良い事っていうか……あれ?)


 なんだかアルにうまく乗せられている気もしなくもないが、すでにアルは「期間限定のメニューもあるみたいですよ」とすでに歩き出してしまっていた。


「ちょっと、待ってください!」

「桃花、もしかして何か食べたいものが決まりましたか?」

「いや、決まったっていうか……期間限定メニュー? 可愛いですね」

「そうでしょう? では桃花が気に入ってくれたので、このレストランに行きましょうか。ちょうど道の反対側の方なので、そこまで歩かなくて済みそうですし」


 そうやってアルを追いかけつつ、桃花はそのまま彼に流されてしまっていた。


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