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第13話 デートに来ていく服は

「よし、これで会社関係は大丈夫」


 許可証ももらって、基本的なところはクリアした、はずだ。


「……後は……あれだよね。服装は一応不快感を与えない程度にはちゃんとしとかないとまずいよね」


 綾乃のような友達と遊園地に行くのとはまたわけが違うのだ。

 動きやすさ重視で汚れにくい恰好をすれば、それでいいというわけではない。

 あのとんでもなくきれいな顔をしたアルと並んで歩いてもおかしくないほどの、ある程度のファッションが求められている。


「しかも、撮影にも耐えられるとなると……ヒールはダメだろうし」


 桃花も女の子らしい恰好は一応考えてある。

 淡いピンクのブラウス。軽やかなシフォン素材が風に揺れるたびにふわっと広がり、華やかさを演出している。ブラウスの袖は少しボリュームがあり、手首のあたりでふんわりと絞られていて、さりげなく女性らしさを引き立てるデザインだ。これならば、とりあえず場違いではないだろう。

 それを家のベッドに広げて見ながら、考えてみる。

 そして煮詰まった。


「ということで、助けてほしいんですが……」

『いや、王子様とデートとか最高じゃない? しかも撮影までさせてくれるとか』


 須田綾乃に電話すると、綾乃もまだ起きていたらしく、ちゃんと相談には乗ってくれた。


「ちゃんと契約書ありきでやってるから! それは了承させたよ」


 契約書の概要については、きちんと説明をしている。そのサインを今度の水曜日にもらって、それが終わらないと撮影ができないということも説明をした。

 特に遊園地では、撮影許可証がないと撮影できないのだ。

 アルは「そんなに信用がありませんか?」などと言ってきたが、「これはお互いのためなので」と答えたら、「わかりました」と納得してくれた。

 そしてそのついでに、「その代わりに」と新たな条件が追加されたのである。


「そこで『桃花に似合う可愛らしい格好してきてくださいね』って言われた場合、どうすればいいと思う?」

『それこそ、普通に可愛い格好をしてきたらいいと思うけど……?』


 机の上に置かれたピンク色のブラウスを見て、綾乃はまっすぐに答えてくる。

 ちなみに彼女も、また服のデザイン案を考えているらしく、カメラの先から見える彼女の部屋のなかには、いくつもの服の案らしきスケッチがあった。


「そうじゃなくて! 可愛いってどうすればいいのかわからなくて!」

『ファッションフォトグラファーが何言ってるの。いつもきれいなモデルさんとか沢山見てるんじゃないの?』

「だからこそ分からなくなるんだよね……ほら、だって、ああいう人たちって本当に足が長い小顔だし、スタイル抜群だし、普通の人だったら似合わないでしょっていうファッションだって普通に似合っちゃうんだよ?!」


 それは彼女たちの傍にいる桃花が一番感じていることだ。もちろん、そうではないモデルもいないわけではないが、やはり人気モデルやトップモデルと呼ばれるような人たちは、普通の人にはないスタイルや顔立ちをしていることが多い。

 息をのむほどに綺麗だからこそ、多少のわがままだって許されるし、どんな現場でもちやほやされるのだ。


「だから……そうじゃないと……やっぱりどういう感じがいいのかとか悩んじゃって」

『ふうん? まあ、成長したんじゃない?』

「え?」


 綾乃の予想外の言葉にたいして、桃花は思わず聞き返してしまった何が言いたいのかわからなくて、目をまるくしているとさらに綾乃は続けてくる。


『ほら、だって前までは男の趣味で自分の服決めていたでしょう? あんまりパンクロック系好きじゃないっていっても、無理やりにパンクの革ジャンとか着て。似合わないスタッズつきの厚底履いて、それで靴擦れができて痛いって』

「……それは……現場ではそういう格好が普通だから、その格好にしておかないと、ほかの子に浮いちゃうと思ってたし」


 そういえばそうだった。

 相手の曲の趣味に自分の服装を合わせているようなことすらあったのだ。静かなバラードが中心のライブの時には可愛らしい、しかし、どこか闇を感じさせるような黒中心の服でまとめていたり、激しい曲の時にはがんばって露出の多い服まで着こなしたこともある。

 そうやって相手に合わせていても、「やっぱ似合わねえな」とはっきりと言われてしまうことだってあったが。


『だったら、そうじゃなくなったんだし、自分の好きな格好をしたらいいんじゃない? 例えば、どういう感じがいいとかないの?』


 自分の好きな服。

 自分が着たい服。

 それが可愛いのかどうかわからないが、しかし、アルが言ったのは、「桃花に似合う可愛らしい格好」である。

 これは、アルの好みなどではなく、桃花の着たい服を着てきてくれればいいと言う。そういう意思表示にとれなくもない気がする。そもそも、最悪アルの期待にそえなかったとしても、桃花なりに考えて着こなす服ならば、それはある意味自分が考える「桃花に似合う可愛らしい格好」なのではないだろうか。


「……だったら、撮影のためだし、動きやすい格好がいい。スカートとかも考えたけど、下着のこともあるし、可能な限りズボンの方が都合がいい」

『うん。一つ決まったね』

「そう……だよね。それにせっかくだったら、動きにくいヒールは絶対に論外だし、長距離を歩くなら、いっそスニーカーとかそういう方が平日の遊園地も楽しめると思うんだよね」


 そういいながら、桃花はクローゼットから ハイウエストのワイドパンツを選んでいた。彼女の脚をすらりと長く見せるデザインは、以前にファッションフォトグラファーとして撮影の時にモデルさんが履きこなしていて、それを後で自分で買ったものである。色は落ち着いたベージュで、ブラウスの柔らかなピンクと絶妙なコントラストがある。

 それに、 生地は柔らかく、動くたびに軽やかに揺れ、まるで風に乗って踊るようだった。足首までの長さで、自然にストレッチの効いた素材は、どんなにアクティブに動いてもその形を崩すことがない。


「これで、どうかな?」


 桃花はカメラの前の綾乃に見せつけた。綾乃はじっとそのデザインを観察していたが、「うん」と頷いてくれた。


『いいんじゃない? それに、そうだな。ねえ、そこのクローゼットのリボンを取ってよ』

「これのこと?」


 洋服を買った時についてきたものだった。あまりに可愛らしすぎるデザインなので、さすがに職場に着ていく服にこれを付けるのはどうかと思ってそのままにしておいたものだ。

 それを手に取ると、綾乃が言った。


『ベルト部分にそれをつけておけば? それで可愛らしいところも引き立つから、王子様もきっと悪い気はしないでしょ?』

「それは確かに」


 アルの要望もちゃんと聞き入れている。全部は聞き入れることができなくても、少しぐらいはその態度を見せておかなければならない。それは桃花も社会人として学んだことである。


『じゃあ、王子様とのデート楽しんでおいでよ?』

「……がんばってはみるけど。こんな時間に付き合ってくれて、ありがとう」

『いいって。またその結果をどっかの居酒屋ででも聞かせてよ』


 そういって、綾乃との電話は切れた。

 会社での契約も終わったし、服もきまった。それなのにまだ桃花の心は晴れない。


「遊園地なんて言ったの、いつぶりだったっけ?」


 ゲームの世界では遊園地に連れて行ってくれる王子様はいくらでもいた。

 そこで好感度をちゃんと稼いでおかないと、バッドエンドに突入してしまうのだ。それを避けるために、遊園地では王子様が喜ぶような行動をして、そして自分も一緒に楽しんでいた。王子様が笑ってくれたらそれでいい。ちょっと絶叫に乗る気分じゃなくても、絶叫で可愛らしい所を見せておけば、王子様は勝手に好感度を上げてくれる。

 それが終わったら、そのままメリーゴーランドで愛を語らって、観覧車でキスをして。


「そういう王道パターンならいいのに」


 いっそ、会話も選択式だったら、ここまで迷う必要もなかっただろう。ゲームだったら服も幾つかのパターンから選択していけば、勝手に王子様が喜んでくれるのだ。


「でも、そういうわけにはいかないんだろうなあ」

 現実での王子様。

 まずはちゃんと契約成立させて、確認をしてから遊園地で写真撮影をしなくてはいけない。パターン化された会話ではなく、リアルタイムで相手と考えて話を続ける。


「そんなことするの……あの頃以来かも……」


 そう思って、桃花は目を閉じた。

 なんだか本物の王子様と遊園地だと考えてしまうと、ゲームの電源を付けることさえ億劫になってしまったのだった。


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