「すみません、写真集の事なんですけれど」
「おや、何か決まったのかな?」
そのままアルとはスムージーを飲んで、簡単に待ち合わせ場所などを決めて、それで解散した。
会社に戻ろうとも思ったが、すでに部署の電気が消えているのは明らかで、次の日一番に飯田編集長のデスクに桃花は向かった。
「その写真撮影のために、どうしても水曜日に外での撮影をしに行きたいんですが」
「ああ、いいよ。別にいいんじゃないかな。ほら、大きな撮影も終わっただろう? 今は次回の企画書と準備が主だし、緊急の案件も他で処理できるからね」
飯田編集長はあっさりとそれをうなずいてくれる。
ファッションフォトグラファーといっても、毎日撮影があるわけではない。フリーランスであっても、事務作業をする日はあるだろう。
桃花も企業に所属しているので、写真撮影の予定がない日は他の事務作業や、モデルとの連絡、さらに次回の企画内容の打ち合わせなどの仕事も行っているのだ。桃花も仕事中は写真ばかりを撮っているわけではない。
「……えっと、それが、先方の希望で遊園地に行く予定なんですが。ほら、港の方にある……隣の県の」
さすがにそこで遊園地に行ってきます、と黙っておくわけにはいかず、桃花は正直に自分がいくつもりの場所について口にした。
隣県ではあるが、電車で一時間もかからない。
「それはいいね。平日なら人も少ないだろうし」
飯田編集長はそういいながら、机の中をゴソゴソと探ると何かを出してきた。
「じゃあこれを渡しておこう」
「……え、撮影許可証?」
いきなり出てきた許可証に、桃花は目を丸くした。
今回行く場所は、地元の子供たちがよく行くようなそんな遊園地だ。国内でも誰もが知っている人気キャラクターを詰め込んだ遊園地ではない。だから、撮影許可証を取った経験は桃花にもアシスタント時代にあった。
ほかの人たちの迷惑にならなければ、すぐに撮影許可書を出してくれる。特にきちんとした出版社であるとわかっているからこそ、その話が早いのはわかっている。しかし、こうして飯田編集長に話すのは、これがはじめてである。
そもそもアルの素性さえ、桃花はよくわかっていないから、モデルのことは説明しようがない。
そんな桃花にいきなり許可証を渡してきて、驚いてしまった。ちゃんと日時も書かれている。
「これがあれば、もしも写真集で使えそうな写真があれば公式に撮ったことになるからね」
「いや、そうですけれど……なんで、こんなすぐに……?」
あまりに手際が良すぎる。
何か企みでもあるのではないか、と桃花は思わず飯田編集長の顔を見つめてしまった。
「実はこちらの遊園地で近々写真を撮ろうかと思っていたんだけどね。モデルがどうしても気が乗らない、と拒否するものだから、許可証だけが宙に浮いてどうしようか困っていたんだよ」
「え……そうなんですか?」
そんな話は初耳であった。
確かに、場所や時間がNGだと言ってくるモデルがいないわけではない。しかし、それは最初、打ち合わせ段階でお互いにできないことや、出来ることに対してはすり合わせをしているはずだし、その後に拒否するというのは、よほどの大御所か、売れているモデルでなければ、今後にも関わってくるようになりかねないのだ。
「そう。なかなかモデルが納得してくれなくて。『王子様』の写真集もそうだけど、ネットでも自分で発信ができるからこそ、写真集には特別を求めるモデルがいてね」
「……そう、ですよね」
最近ではSNSで手軽に何でも発信することができるようになっている。
だからこそ、写真集はそれ以上のものでなければ売れるはずがない。
桃花はぎゅっと拳を握った。
「ところで、そのモデルの人は何か言ってきたのかな? 例えば、ギャラの請求とかは?」
「それが……私と一緒に遊園地を楽しみたいというばかりで。それ以外の報酬はいらないからといって来たんです」
アルにも報酬の話はした。
桃花にとっては、少なくとも写真集のモデルにお願いをするために使用することは間違いなかったし、もしかしたら写真集の中にもいれるかもしれないものだ。
だから、彼に報酬を支払うのは当然だと思ったのだ。
だが、アルはそれを受け入れなかった。それどころか、「それじゃあ面白くないので。報酬がお金だとそれだけになるじゃないですか」とまで言ってのけた。
「そうか。それを書面にまとめなくても大丈夫かな?」
書面も、モデルの撮影ならば後々のことも考えて必要になってくる。
今のところは非公式とは言え、商用利用するかもしれないものだ。その時にお互いに聴いていない、言っていないと水掛け論にならないためにも、署名の作成は必要である。
それは桃花もアルの口ぶりからしても必要だと思った。
「それはちゃんとまとめます。写真集に使うかもしれないって。その条件を精査して、また出しますので、お願いします」
「うん。君もよくわかってきだしたね」
ぽん、と肩を叩かれて思わず笑みがこぼれた。桃花は飯田編集長の好意に甘えつつ、もう一度頭を下げた。