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第11話 ズルい笑顔と隠し事

「はい。ありがとうございます。ふむ……イイ感じに撮れてますね。逆光でちゃんと顔も隠れていますし」

「それ、普通だとイイ感じに撮れてるって言わないと思います」


 確かに顔は隠れているかもしれないが、それではアルの美しさが伝わらない。いいわけがないだろう。


「そうですか? 僕はそう思いませんけどね」


 そう言って笑うアルの顔は実に爽やかだった。こういう顔をすれば、十人中八人は落ちるのではないだろうかと思わせるくらいの威力があった。


(この人、ホントに自分の顔の使い方をよくわかってるよね)


 そのままモデル事務所に行けば採用されるだろうな、と思いながら、アルのことを欲しがりそうな事務所名がいくつか浮かぶ。


「……」


 それからしばらくアルは無言で写真を見続けていた。時々、スマホと桃花の顔を見比べては、首をかしげている。

 そうして三十分ほど経った頃だろうか。ようやく満足したのか、アルは顔を上げてにっこりと笑った。


「うん、すごくいいです! やっぱり桃花の写真は素晴らしいですね!」

「……はぁ」


 すでにスムージーは空である。桃花としては、怒られたらどうしようかと考えていた。そうやって怒られた場合、桃花の求めているモデルにはならないだろうから。

 だが、それでもこの目の前の男性は納得してくれたようだ。ほっと一息つく反面、なんだか不思議な気持ちになる。いったい、なにがどうやったらそこまで言わせるのだろうかという疑問だ。そんなに良いものを撮った覚えはない。


(これって、むしろ他のモデルさんだったら怒っているレベルな気がするんだけど……)

「あの?」


そんなことを考えていたら、不意に声をかけられた。それもかなり至近距離から。


「ところで、桃花は撮りたいものがあって撮っていたんですか?」

「……えっ!?」


  びっくりしたあまり息がつまったのは仕方がない事だと思うのだ。なにしろとんでもないイケメンに間近でのぞき込まれているのである。


「あの時も、ですけれど、今回も僕と会いたかったのでしょう?」

「それ、は……」


 一瞬、答えに迷った。


「お願い、するんですよね? だったら手のうちくらい明かしてくれてもいいんじゃないんですか?」

「はい……」


 ここまで言われてしまうと逃げられない気がする。

 とりあえず写真を褒められているのだから、悪い気はしていないはずだ。

 この瞬間に気を抜いて機嫌を損ねれば、最悪せっかくのチャンスが不意になってしまう。それだけは絶対に桃花は避けたかったのだ。


「あの、もう一回写真のモデルをしてください!」


 頭を下げた。

 ここで頭を下げなくて、どこで頭を下げるというのか。

 何がなんでも、アルに協力してもらわなくては、桃花はどうしようもなくなってしまうことはわかっていた。


「いいですよ。じゃあ今度の水曜日とかはどうですか? 遊園地でもモデル撮影と言えば、会社から出ても大丈夫ですよね?」

「結論早くないですか? ……というか、やっぱり、そこはそうなるんですね」


 桃花にお願いさせているわりには、アルの結論は驚くほどに早かった。にこにこ笑って、桃花にうなずいてくる。

 ここまでの反応を実は楽しんでいました、と今からネタ晴らしされてもおかしくないような、そんな反応である。


「できれば平日がいいんですよね。ほら、乗り物に乗りたいんで。やっぱりたくさん乗りたいですし、パレードも見ていたいですし」


 それはそうだろうなと思う。休日となればカップルや家族客も多くなるだろうし、そうなると待ち時間も長くなることだろうし、そういう点でも平日の方が都合はいいのかもしれない。

 それにどうしたって撮影をしていると、遊園地では目立つものだ。


「でも、私なんかでいいんでしょうか?」


 ふとした不安を口にする。すると、アルは不思議そうな顔をした。なぜそんなことを言うのかわからないと言った顔だ。


「私なんかでいい、とは?」

「その……私、あなたの写真たくさん撮りますよ? 遊ぶだけじゃないんです。それに色々と契約をしなくちゃいけませんし」


 その表情にまた少しだけ心がざわついたものの、それを顔に出すことなく言葉を続けた。ここで言葉に詰まってはいけないと思ったのだ。せっかく自分のことを認めてくれたのだから、それに見合うようにしたいという気持ちもあったのだろう。


「はい。だからその代わりに、桃花と遊園地に行きたいんですよ」


 それに対して、アルはまたあの言葉を繰り返す。


「だって、桃花は僕のことを何も知らないでしょう?」


 まるで呪いのように。

 何かどうしても知られたくないような、そんな響きを持った言葉だった。


(この人は、何を隠しているだろうか)


 イケメンというのはずるいものだ。

 こんなにかっこよくて人を引き付ける魅力を持っているというのに、それを自分の本心を隠すためにも使えてしまう。

 そうやって笑って悲しそうにしてしまえば、後は人が勝手に想像してくれる。それがわかっているかのような笑みを浮かべたアルは、楽しそうにそうやってとぼけるばかりだった。

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