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第9話 遊び相手と話し合い

「だからこそ僕はね、彼女といい関係を築いていきたいと思っているんですよ。そのためにも、少しは仲良くならないと」

「いい心意気だ。それならよかったよ」


 何かとても含みがあるような言い方をしながら、アルはそうやって全部の紅茶を飲み干した。飯田編集長はその間、笑顔を絶やさない。


「では、もうすぐ行きますよ。彼女、昼休みが終わったらこっちに戻って来るんでしょ? 僕がここにいては話がややこしくなってしまう。どうせ近日中に彼女と会うんですから」


 そうやって立ち上がって、それから合掌をする。「ごちそうさま」とちゃんと頭を下げているのはどこのアニメの影響だろうか、と飯田編集長は考える。

 そんな姿でさえ、ドラマのセットを組んでしまえば、それが何か実写映画のワンシーンになってしまうのはさすがだと言わざるを得ない。それほどまでに、彼の魅力はまだ失われていない。そのはずなのに。


「あんまり無理なことはしないでくれよ。彼女は将来有望なうちのファッションフォトグラファーなんだからね?」


 最後に一応釘を刺すように飯田編集長は付け加えた。

 確かに、これは彼女にとっては試練なものだからといって、全く乗り越えられない壁を設置してしまうことは、ただ、彼女の才能を潰してしまうことにほかならない。そんなことになってしまうのはとても惜しい。彼女が撮る写真を、飯田編集長も評価しているのだ。

 だからこそ、今回の企画だって任せた。


「わかっています。きっと僕のいい『遊び相手』になってくれるって信じてますから」


 飯田編集長の言葉をさらりとアルは受け流すようにして頷いてはくれた。

 ただ、どこか寂しそうにアルは顔を伏せていた。

 それがきっと、彼がまだまだ立ち直り切っていない証のように思えて、なんだかその顔にもっと声をかけてしまいそうになったが、きっとそれを望んでいないだろうと言うことはわかっていたので、それ以上声を掛けることはなかった。




「……で……えっと、会社の前で待ってくれていたってことですよね?」

 その日は珍しく桃花は定時に上がることができた。

 そもそも企画段階においてまず何をするか、そもそも発売も決まっていないのだから、仕事もあるわけがないのだ。最低限ほかの雑誌の撮影をし終わって、それからいくつかの書類仕事をこなしたら、もう仕事が終わる時間になっていた。だからそのまま帰るしかなかったのだ。何しろアルとちゃんと写真を撮らなければ、それ以上の話は進まない。

 だからちゃんと気合を入れて遊園地に備えてできることをしようと思っていたのだ。その矢先のことである。


「やあ、桃花」


 その重要人物であるアルが会社前で待っていた。

 一応、サングラスはかけてはいるものの、それでもキラキラとした黄色の髪に綺麗にバランスのとれた美しい体は隠しようがなかった。ほかの社員たちがちらちらと振り返っている。


「えっと、もしかして外で待っていたんですか?」

「安心してください。この暑い中、ずっと外で待っていたわけじゃないので。ついさっき出てきたところ、定時で帰れるかなと思ったから」


 そういってアルが指さしたのは、会社と道路を挟んで向かい側にある喫茶店である。そこでどうやら何か仕事でもしていたのだろうか。彼の小脇にはタブレット端末が入りそうなカバンが抱えられていた。


「……なんでここがわかったんですか?」

「だって名刺をもらったから。ついでに近くまで来たからかな?」


 いきなりアルがそんなところにいて、桃花も焦った。

 何しろ彼と会うのは二回目である。


「えっと……それだけの理由で私に会いに?」

「うん。早く写真を見てみたかったんだ、もうできたって言っていたでしょう?」

「……え、ええ」


 このまま走って逃げればなんとかなるだろうか。

 一瞬、自分とアルとの距離。それから道路との距離感を測ってみる。前にあった会社主催の変質者に襲われた時の対処法講座の内容を頭の中で反芻する。


(確か、変質者を刺激してはいけない、っていうのは、大前提だったはず……)


 ファッションフォトグラファーなんて仕事、カメラを構えているだけでもトラブルになりやすい。

だから、もしかの時になれば自分とカメラのデータを守って、逃げ出す術をきちんと覚えておかなければいけないと会社からも強く言われているのだ。


(落ち着け……確か、こういう時は絶対に相手を刺激してはいけないと言われていたはず。それから目を合わせすぎるのもよくない。攻撃性を高め無い為にもできるだけ穏やかに行動して……)


 あの時の講座は個人的にも必要だと思っていたから、とても真剣に聞いていたのだ。一番前の席で多分一番熱心に勉強していたと言っても過言ではない。

 だが、どう考えてもアルは長身で、それなりにスポーツもやってそうな体つきをしている。やっていなかったとしても多分、ジムかなにかは通って、その体つきを維持しているだろう。

 そうでなくて、ありえないようなプロポーションをしているのだ。


(逃げられないなら、せめて会社に戻って……)


 視線を後ろに移そうとしていた時だった。


「別にここで見せてくれてもいいですし。それとも近所の公園にでも行こうか?」

「え……」


 思わず言葉に詰まってしまった。もしかして自分の考えていることが読まれているような気がする。もしも隙を見せればそのまま逃げてやろうとそう考えているのを見透かされている気がして、動きを固めてしまう。


「あの、何か、勘違いを……」


 自分が逃げようとしてると思われたら、何をされるか分からない。そう思ってドキドキしながら。何とか言葉を逸らそうとした。


「普通ならそう思うんじゃないかな? だって、いきなり一度しか会ったことない人が会社の前に来たら結構怖いでしょ?」

「それはそう、ですね」

「うん。そうですよね。だったら、どこかで話をしましょうか? 僕的には、あそこの喫茶店もなかなかよかったですよ」


 そういってアルは自分が先ほどまでいたという喫茶店を指差して来た。


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