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第2話 暫定王子様

「……とはいえ、ストリートスナップも撮るなら、ちょっとは練習必要だよね」


 綾乃と飲んだ次の日。桃花は午後からカメラを持ち出して、街の喧騒の中にいた。

 休日とはいえ、一日中ソシャゲで王子様を見つめてばかりもいられないのだ。


「さすがにどんな人かわからないうちから拒絶するのもあれだし……もしかしたらすごい偏屈な人だったりしたらどうしよう」


  モデルの人の中でもこだわりが強かったり、NGが多い人だっている。

  そういう人たちに満足してもらうのも一流のファッションフォトグラファーの役割だ。


「……初夏なら、まだ日差しもきつくはないから撮りやすいよね」


 ファインダーを覗き込んで、いくつか写真を撮ってみる。銀座の通りは、昼下がりの陽光に照らされていた。高級ブティックやカフェが立ち並ぶこの通りは、まさに東京の華やかな一面を象徴している。桃花は、カメラを肩からぶら下げながら、ストリートスナップのシャッターチャンスを探して歩いていた。

 東京の人は基本的に他人にそこまで興味がない。

 しかも桃花のように、目立たない容姿ならばなおさら。

 眼鏡のまま、夢中でシャッターを切っていく。

 女性、男性、親子連れ、老人。

 ファインダーの中に収めてしまえば、みんな桃花の作品だ。

 もちろん許可もとらずに雑誌に掲載することはできないけれど、自然な笑顔を取る、というのはなかなかスタジオではできないことだ。モデルはみんなプロだから、自然な笑顔よりも自然に笑ってくれるし、様々な表情をみせてはくれるけど、そうではなくて、何も意識してない表情というものを撮るのも、なかなか楽しい。


「こんな感じかな……」


 何枚の写真を撮ったのだろうか。一度、確認してみようとした時だった。


「あ……」


 桃花の目の前を横切ったのは、一人の若者だった。彼は、まるで現代の王子様のように見えた。光沢のある紺色のジャケットに、シンプルながらも上質な白いシャツ。パンツは、彼の脚のラインを美しく見せるスリムフィットで、足元にはピカピカに磨かれた黒い革靴。彼の姿は、都会の喧騒の中でもひと際目立っていた。

 しかも顔立ちは綺麗な鼻筋に、黒ではなく青に近い色した瞳に、暗めの金色の髪。


「あの人……!」


 カメラのファインダーを覗きながら、彼の動きを追った。通りの端にあるベンチに腰掛け、文庫本のようなものを取り出して何かを見ている。彼の顔立ちは端正で、柔らかい髪の毛が風にそよいでいる。その目には、何か遠くを見つめるような鋭さと、どこか憂いを帯びた表情が浮かんでいた。 キラキラしているだけではない。どこか陰のある美しさだ。


(確かに、王子様みたいだ……!)


 そっと近づき、レンズを彼に向けた。シャッター音が静かに響く。彼がこちらに気づく前に、もう一度、そしてもう一度とシャッターを切った。彼の表情や動きが、一瞬一瞬、カメラの中に収まっていく。これこそが桃花の求めていた完璧なショットだ。

 何もかも知らないというのに、ここまで人を虜にするその魅力を桃花のカメラの中におさめたい。

 そんな欲求に突き動かされるように、桃花は夢中になっていた。

 それこそ、彼がこちらに気がついているとは思えないほどに。


「あの」

「え……ひ、ぁ?!」

「大丈夫ですか? 驚かせてしまってすみません」


 いきなり立ち上がり、声をかけられてしまう。そんなことがあると思っていなかったから、桃花は思わず二次元キャラが現実に来たようなショックを受けた。


「あ、あの……えっと」

「僕のこと、写真に撮っていましたよね」

「あ……す、すみません! 私こういう者でして!!」


 ストリートスナップをしていると、こうやって話しかけることはいくらでもある。だから、そのための名刺はいつも桃花も準備をしていた。


「『望月、桃花』……へえ。ファッションフォトグラファー、なんですね」


(この人、もしかして年上……?)


 暫定「王子様」は近くで見ると長い睫毛と相当きめ細かな肌をしているが、どこか大人びた表情のせいで、実年齢がよくわからない。しかし、近くで見ると今年で二十八になる桃花より、何歳か年上な気がした。


「あの、嫌だったら写真消しますので……!」

「いえ」


 王子様、はにや、といたずらっぽい笑みを浮かべた。

 金色の髪と白い犬歯のコントラストが最高で、そのまま飾っても雑誌の表紙にでもなりそうなくらいきれいな顔をしていた。


「面白そうです。ねえ、桃花さん、僕を撮ってくれませんか?」


 多分年上の王子様は、そういって両手を広げてみせた。


「え?! でもお邪魔したら悪いんじゃ……」

「いいんです。いつもの人たちはつまらないので、たまにはこういうのも」


 「それに、」と王子様は続けた。



「キミは僕のことを知らないでいてくれるみたいですから」

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