モルジブ
インド洋に浮かぶ島国。産業は観光とマグロ漁です。
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「みぱぱ、海外に行ってみるか?」
「いいんですか? でも、今回は荷物持ち(ポーター)じゃないですよね」
今回は台湾に続いて二回目の海外出張です。初めての海外出張がポンプを運んだだけでした。その上、それを聞かされていませんでした。(詳しくは台湾編を読んでください)
「みぱぱ、『ドジっ子ポーターは平和の鐘を鳴らす』って知っているか? あれって面白いよな」
「何ですか唐突に、そりゃ、『ドジっ子ポーターは平和の鐘を鳴らす』は面白いですよね……ってごまかさないでください」
「大丈夫、今回は装置のメンテナンスだよ。ただし、数カ所は回ってもらうけどな」
唐突にみぱぱの作品を宣伝しましたが、『ドジっ子ポーターは平和の鐘を鳴らす』をよろしくお願いします。
「それで、国はどこですか?」
「聞いて驚け、行って喜べ! 今回はモルジブだ!」
「モ、モルボル!」
「そう、ワシはモルボル! 食らえ! 臭い息!」
「うわっ! 臭い! お昼に何食べたんですか?」
「え? あ! 餃子食べた。ニンニクたっぷりの……ってモルボルじゃなくて、モルジブだよ」
「え! 本当ですか! あのインド洋の宝石と言われる国ですか?」
「そうだ! よく知ってたな」
「上司がモルボルネタしている間にググりました」
本当は、モルジブ向けに何台も装置を作っていたので、みぱぱは知っていました。
そんなこんなで、みぱぱは夜のマーレに到着しました。
浮かれる観光客と一緒に船に乗ります。
真っ暗闇の海、暖かな潮風、空を見上げると満天の星空。
緊張しながらも、美しいモルジブの夜を満喫したみぱぱは、リゾートホテルのロビーに到着します。
そう、今回のお客はリゾートホテルです。
ツアー客とは別に一人でロビーでチェックインを待つみぱぱはつぶやきます。
「う~ん、場違いだな」
ホテルからしたら業者の一人です。
会社からはホテルに着いたらロビーでチェックインするように言われましたが、不安です。一人でウエルカムドリンクを飲んで、ツアー客のチェックインが終わるのを待ちます。
その時です。
「日本から来られた、みぱぱさんはいますか?」
身なりのいいヨーロッパ系の男性がみぱぱを呼びます。
「は、はい。私です」
「ああ、良かった。支配人のアランです。よろしくお願いします」
金髪のナイスガイは夜なのに歯をきらりと光らせて、みぱぱに握手を求めます。
ツアー客が何事かとみぱぱを見ます。
「え! 有名人?」
違います。すみません。
「常連?」
初めて来ました。すみません。
みぱぱは突き刺さる視線を無視して、アランさんと話をします。
「長旅お疲れ様でした。明日の朝、メカニカルマネージャーのハッサンを部屋に行かせるので九時に部屋で待っていてください。ここのホテル代、食事、ミネラルウォーターはホテルで負担します。ただし、ルームサービス、アルコール類、そこの日本料理店で食事をした場合は、そちらで負担してください。その他、わからないことがあれば、ハッサンか私に言ってください」
アランさんはさわやかに説明してくれました。
そして、チェックインを済ませるとみぱぱは部屋に入ります。
ダブルベッドが、どーん。
ウェルカムフルーツが、ばーん。
南国風の綺麗な部屋。
「本当に客室なんだ」
一応、確認のため言いますが、みぱぱは仕事で来ています。お客はみぱぱではなく、このホテルです。
みぱはは驚きながらも、シャワールームなどを散策します。
ただでリゾートホテルに泊まれる。お昼は仕事をしますが、夜はプライベートタイム! ひゃほーい。
でっかいふかふかのベッドにダイブするみぱぱはすぐに眠ってしまいました。
朝食を食べた後、部屋で待機しているとノックされます。
「みぱぱさん、おはようございます。ハッサンです。よろしくお願いします」
色黒のインド系のハッサンさんが迎えに来ました。
作業服を着たみぱぱは機械室に行きます。
そこには数台の装置がありました。部屋の増設に合わせて、徐々に機械を増やしたようです。古い物は十年近く前です。
運転状況を確認して、ハッサンと打ち合わせをして午前中は終わります。
「じゃあ、お昼を食べたら戻ってきてください」
「お昼ってどこで食べるんですか?」
「レストランで食べてきてください」
お昼になってみぱぱは一人でレストランへ向かいます。
大勢のお客が楽しそうに食事をしていました。
「う~ん、場違い」
とりあえず、みぱぱは上着だけを脱いで、Tシャツと作業服になりました。これで少しはマシ……かな?
食事を終えて機械室に戻るとみぱぱはホッとしました。
「どうでしたか? みぱぱさん、美味しかったですか?」
「美味しかったですけど、作業服のまま、一人食べてるとちょっと落ち着かないですね」
「ははは、みんな、そんなに他人のことを気にしないから大丈夫ですよ」
ビュッフェタイプのレストラン。パスタやピザもありますが、インドの春巻き、サモサやカレーなど多彩な料理があります。
ついつい食べ過ぎてしまうみぱぱ。
さて、晩ご飯を食べたみぱぱは、夜の桟橋に行ってみます。
桟橋には海に落ちないように等間隔にライトが照らされています。
モルディブの島は周りがサンゴ礁で囲まれる
そこには小さな魚が何匹かゆらゆらと泳いでいました。
足下にはサンゴの海。頭上には星の海。
みぱぱがてくてく歩いていると、大きい魚がゆらり。いえ、魚ではありません。鮫でした。小さな鮫が泳いでいます。
2~30センチほどの小さな鮫ですので人を襲うようなものではありません。
他のお客も気がついたようで、集まってきました。みぱぱは鮫に別れを告げて、部屋に戻りました。
さて、一つ目の島の仕事が終わり、朝、次の島へ向かいます。
島間の移動はドー二―と呼ばれる船です。エンジンはついているものの、屋根もなく普段は船員一人で荷物や数人の人を運ぶ小さな船です。
「去年、セスナがドー二―に突っ込んで、何人か死んだらしいから気をつけろよ」
どう気を付けてら良いかわかりませんが、みぱぱは上司の言葉を思い出します。
あいにくの曇り空。南国モルジブとはいえ、少し寒くなりました。
「ありゃ、雨が降ってきたな」
「持ちますかね?」
「難しいかもな」
ドーニーにはみぱぱと船長の二人しかいません。
船長は荷物にブルーシートをかけながら、みぱぱに答えます。
雨が強くなるばかりでなく、波も高くなってきました。
「え! 大丈夫ですか?」
小さな船がインド洋を進みます。
「……ん。頑張るよ」
嘘でも大丈夫と言って~!!
「雨がひどくなってきたから、ブルーシートの下にいなよ」
波が船を打ち付けて、海水が船にはかかります。雨もひどくなり、身体は冷えてくる一方です。
真っ黒な空。吹き荒れる風。雷は鳴っていないのが唯一の救いです。
ブルーシートの下で震えているのは、寒いからか、恐怖から分かりません。
どれくらい船に乗っていたのでしょうか。いつの間にかみぱぱはウトウトしていました。
「おーい、着いたぞ」
船長の声でみぱぱは目を覚ましました。
いつの間にか雨は上がり、日が差していました。
ずぶ濡れのまま、みぱぱはロビーに行きます。
「遅かったですね、心配してましたよ。ああ、ずぶ濡れじゃないですか! とりあえず、部屋で着替えてください。お昼は食べましたか?」
時間は14時前。予定よりも2時間も遅い到着です。
「ありがとうございます。お昼はまだです」
「そうかい、レストランはもう閉まってしまったけど、コックに言って何か作らせておくから、着替えたらレストランにおいで」
みぱぱは用意された客室で熱いシャワーを浴びます。
「生き返る~!!」
暑いモルジブでもシャワーは暖かいのに限ります。
着替えたみぱぱはレストランに向かいます。
お客は誰もいないレストラン。
そこに用意されていたのはハンバーガー。
手のひらほどの大きさのハンバーガーに熱々のフライドポテト。炭酸のよく効いた冷たいコーラ。
「美味しい! これまでで一番美味しいハンバーガーだ! 外はカリッとしたして中はふかふかのバンズ。肉汁たっぷりのパティ、シャキシャキのレタスにジューシーなトマト。味付けはシンプルだけど、美味しい。ポテトも塩が利いて良いし、ケチャップを付けても美味しい。熱々の食べ物にキンキンに冷えたコーラが合う!」
思わず食レポしているのは周りに誰もいなくて寂しかったからではなく、あまりの美味しさに思わず口から出たのです。
食べると言うことは生きること。生きているからこそ食べ物が美味しい。
生き返ったみぱぱは仕事を頑張ります。一回目の島と同じように装置の現状、問題点を確認して、オペレーターと打ち合わせをします。
それからはボートで移動したり、水上飛行機で移動したりして数カ所に島を渡り、メンテナンスを行いました。
どこの島も部屋はダブルの客部屋を一人で使わせてくれましたし、レストランもお客と同じです。仕事をしていた以外はお客さん気分です。
「みぱぱ、明日には日本へ帰るんだろう。お土産にこれを持って行け」
最後の島のマネージャーがそう言って段ボールをくれました。
「これは何ですか?」
「ツナ缶だよ」
「ツナ缶? ああ、シーチキンですね」
「海鳥じゃないよ、マグロだよ」
シーチキンははごろもフーズの商標登録です。海外では通じません。
観光立国となる前のモルジブの主要産業は漁業です。それもマグロ漁が盛んだったようです。そのため、ツナ缶工場は今でも主要産業のひとつだそうです。
「お疲れ、みぱぱ。今回のお土産は何だい?」
「ツナ缶です」
「シーチキン? 日本でも買えるだろう」
「ツナ缶です!!」
「あ、ああ、ツナ缶ね。それにしても焼けたね。ツナ缶のオイルでも塗って焼いたのか?」
「なかなか上質のツナ缶オイルですよ。上司にも塗ってあげましょうか?」
「……ごめん。遠慮する……それよりもモルジブは良いところだったろう」
「それは最高でしたよ。海は綺麗ですし、砂浜も真っ白。星空も最高でした」
「そうだろう、そうだろう。仕事頑張ったら、また行けるかも知れないぞ」
「本当ですか!? あまり泳げなかったから、今度はシュノーケリングしたいですね。良し、仕事頑張るぞ!」
そう言って仕事に戻るみぱぱ。
「これで、みぱぱは会社を辞めることはないな」
そう言ってニヤリと笑う上司を、みぱぱは気がつきませんでした。