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インドネシア 2回目

 今回のインドネシアはジャカルタです。


「おーい、みぱぱ。インドネシア語しゃべれたよな」

「ええ、ジャランジャラン (旅行する)、パギー (おはよう)、トゥリマカシ (ありがとう)くらいですが」

「じゃあ、インドネシア行ってきて」

「イヤです」

「なんで?」

「だって、あの泥を歩きたくないです」

「大丈夫、今回は船の上だ」


 今回の仕事場は船の上です。船の上に装置を取り付けます。

 ホテルから造船所に行きます。


「こんにちは。みぱぱと申します」

「初めまして、ジェームズです」


 今回、ジェームズさんはお客ではありません。船の手配や装置の据え付け、そして運転管理をしてくれる会社の人です。

 ちょっとおしゃれな感じのナイスガイです。


「みぱぱさんはインドネシアは初めてですか?」

「いえ、二回目です」

「インドネシアはどうですか?」

「いい所ですよ。暖かいし、食べ物もおいしいですからね」

「……そうですか」


 ジェームズさんはちょっと微妙な顔になります。

 普通、自分の国のことをよく言われると喜んでくれるのですが、ジェームズさん、ちょっと考えるところがあるようです。

 年が近いこともあってか、ジェームズさんと仲良くなるみぱぱは、夜、食事に誘われました。

 壁のないレストランの外側のテーブルに二人で座ります。


「みぱぱさんはお酒は大丈夫ですか?」

「ビールは好きですね」

「それは良かった、インドネシアと言えばビンタンビールですよ」

「楽しみです!」


 早速運ばれてきたビンタンビールは缶ビールでした。そしてプラスチックグラスにたっぷりの氷。

 それを見たジェームスさんは、缶ビールを触って店員に言います。


「でいんぎんびぁ、ぷりーず」

「……オーケイ」


 店員は渋々、ビールを一旦戻します。

 その間にジェームズさんはコップに入っている氷を店の外に捨ててしまいます。

 そしてテーブルに置いてある紙ナプキンでコップの内側から口が当たる縁まで綺麗に拭き取ります。みぱぱのコップも含めて。

 そんな事としていると缶の外に汗をかいている良く冷えたビールが運ばれてきました。

 よく冷えているのを確認すると、ジェームズさんは店員に言いました。


「トゥリマカシ」


 そして缶ビールを取ると、開け口も紙ナプキンで綺麗に拭き取り、缶を開けてグラスに注ぎます。

 ちょっと薄めの琥珀色のビールは炭酸で白い泡を作ります。


「乾杯!」

「乾杯!」


 バドワイザーのように軽いビール。東南アジアや暑い地域で多い水代わりに飲めそうな、のどごしの良いビールが多いです。


「さっきは店員になんて言ったんですか?」

「あれは、ビールがぬるかったから冷たい(ディンギン)ビール(ビァ)に変えてもらったんだ。インドネシアの氷は危ないからね」

「じゃあ、さっき缶ビールの口の部分を拭いたのも?」

「そう、ほこりっぽい倉庫にしばらく置いている事があるから、埃や汚れがある場合がるから。実際、それが原因で食中毒が起こったことがあるから気をつけないとね」


 他のテーブルを見るとそんなことを気にせず、氷が入ったグラスにビールを注いで飲んでいる現地の人の姿もいます。

 ジェームズさんはちょっと神経質かな? と思いましたがキリバスで地獄の苦しみ (詳しくはキリバス編を読んでください)を味わったみぱぱは、注意することに越したことはないと思い、ジェームズさんの言うことに従い、これ以降も氷を使うことはありませんでした。

 さて、インドネシア料理で有名な料理はいくつかありますが、ビールを飲むときに頼むのはサティ。インドネシア版、焼き鳥です。

 鳥以外にも、豚や牛もあります。甘辛い味付けで、日本の味噌焼きを思い出されます。濃い味付けがビールによく合います。

 夜になると、暖かい風が店の中に優しく吹き込み、ディンギンビァをより美味しくしてくれます。


「なんだかんだ言っても、まだインドネシアは発展途上国で、人の意識も低いんですよ」


 良い具合にお酒が入ったのか、ジェームズさんは胸に秘めたことをみぱぱにぶつけて来ます。


「その点、日本は良いですよね。勤勉で、誠実。教育もインフラも行き届いている」

「確かに教育とインフラは行き届いていますね。でも勤勉で誠実さは個人によりますよ。悪い人はどこでもいますからね。それに日本人は勤勉で誠実であれと言う教育はされますが、それを多様性のない型にはまった個性のない人間を作るって言う批判もありますからね」

「ボクはシンガポールに留学してたのですよ。そこで人の生活意識の違いに愕然がくぜんとしたんです」


 シンガポールと言えば言わずと知れた東南アジア一の先進国。恐らく東南アジアのお手本となる国なんでしょう。


「向こうでは埃がかぶった缶ビールなんで絶対に出てきませんよ。そして人の信頼を大事にします。あんなに小さくて資源なんてない国があんなに発達して、地下資源が豊富なインドネシアが発達しないのは、教育と人の意識の問題だと思いませんか? 日本も資源は乏しいのに先進国なのは同じ理由でしょう」


 確かに日本は世界的に見ると資源が乏しい国でしょう。だからこそ、人的資源を大事にしているのだとみぱぱも思っている。

 そんな風に自国の問題点を感じているジェームズさんだからこそ、みぱぱがインドネシアが良い国だと言ったときに微妙な顔をしたのでしょう。


 そんなちょっとお堅い話をしながら、インドネシア風焼きそばミーゴレンやインドネシア風焼きめしナシゴレンを食べながら大いに飲みました。

 ミーは麺、ナシはご飯という意味です。ゴレンは炒めると言う意味なので、普通の白ご飯が欲しいときはナシ・プティと言いましょう。


 さてさて、そんなことをしながらお仕事は進みます。

 今回の船は中古船です。そこに水処理装置を取り付けて、水槽に水を溜めます。綺麗になった水を溜める水槽は綺麗に塗装をし直すのですが、みぱぱはジェームズさんの言葉が気になりました。

 なんとか一人通れる入り口から水槽の中に入ってみます。


「やっぱりそうか」


 水槽の入り口から見えるところは塗装し直しているのですが、見えない奥の方はそのままです。

 インドネシア人、浅はかなり!

 みぱぱはそのことをジェームズさんに伝えようと、無理な体勢でなんとか水槽から出ようとしたときでした。

 胸ポケットに入れていた携帯電話が突然、鳴りました。まあ、電話は大概、突然に鳴るものですが。

 慌てるみぱぱ。

 無理な体勢のまま急いで水槽から出たみぱぱの筋肉がつりました。足をつったか? いえいえ、つったのはお腹の筋肉、右の肋骨の下あたりの筋肉です。なんで、そんなところがつってって? それは神様に聞いてみてください。

 ふくらはぎがつったことはありましたが、こんなところがつるのは初めてです。息が出来ない、パニックになる。無情に鳴り続ける携帯電話。

 痛みに耐えながら、なんとか声が出せる状態になったみぱぱは、携帯電話を取りました。


「はい、もしもし、みぱぱです」

「ああ、みぱぱ。今、大丈夫かね? 電話を取るのが遅かったが」

「いえ、ちょっと気がつくのが遅くなっただけです、それよりも要件は何でしょうか?」


 電話の主はみぱぱの上司です。基本的にはみぱぱから現状報告に電話をするくらいなので、上司からみぱぱへ電話がかかってくること自体珍しいことです。何かトラブルでもあったのでしょうか? 心配になるみぱぱ。


「いや~もうすぐ、試運転で帰国するだろう。前回、お土産がなかったから、今回はちゃんとお土産を買ってきてくれるのかな、気になって電話したんだよ。大丈夫だよね、お土産」


 前回は飛行機の遅れでお土産を買って帰る時間がありませんでした。それに心配した上司が電話をかけてきたようです。最悪のタイミングで。


「その件は前向きに善処します」

「どうしたんだい、急に政治家みたいな口調になって」

「本件は持ち帰って上司と検討した後、後日ご報告させていただきます」

「いやいや、私がその上司なんだけど」

「ただいま、電波の状況がよくありません。恐れ入りますが、電話の内容をよく精査した上でお掛け直しください」


 そう言ってみぱぱは電話を切ってしまいました。

 アイタタタ。このとき、初めてつってしまった部分は、この後、ことあるごとにつってみぱぱを苦しめるのでした。


 そんなどうでもいい上司の電話に忘れることなく、指摘点をジェームズさんの報告して、装置の設置は無事に完了しました。

 今晩、造船所から港に移動して、明日の朝から沖に出て試運転開始です。

 午前中に準備は終わり、お昼ご飯を食べて、今日は解散です。

 ジェームズさん以外にも船のクルーとも仲良くなったみぱぱは買い出し班に、あるお願いをします。


「みぱぱ、買ってきたよ」


 みぱぱはお昼ご飯以外にコーラなどのジュースとお菓子を買ってきてもらい、ちょっとした打ち上げを提案しました。

 さすがに船の上で下手にお酒を飲ませて、問題が起こったら大変なので、コーラを買ってきてもらいました。それは単純にみぱぱが飲みたくなったのもあります。

 ジュースとお菓子で日本円にして三千円もしなかった思いますが、頑張ってくれて仲良くなった現地の人に何かをしたかったのです。


「さあ、みんなで飲もうぜ」

「え、本当に良いのか? ありがとう、みぱぱ」


 一緒に買ってきてもらった紙コップにコーラを注いで回ります。

 思いのほか喜んでくれたクルー達。意外と現地ではコーラなんて飲む機会が無いのかも知れません。


「おかわりもいいぞ」


 ちょっと不穏な言葉を放つみぱぱでしたが、その後、毒ガスを発射されることもなく、お菓子を食べながら話をしていると、車が一台やってきました。

 そこには船の船長の奥さんと、一歳になったばかりの娘さんがやってきました。

 みぱぱよりも若いのではないかと思われる船長の目尻が、地面に落ちるほど下がりました。


「みぱぱ、うちの子可愛いだろう」


 ほっぺたぷりぷりの女の子は確かに可愛かったです。抱っこをすると赤ちゃん特有の高い体温が心地よいです。


「可愛いな、でもうちの子も可愛いんだぜ」


 みぱぱは携帯電話に入れている娘の写真を船長に見せます。

 それを見た船長はみぱぱとがっしり握手しました。


「引き分けだな」

「うん」


 親馬鹿二人が堅い握手をしました。造船所最後の日を過ごして、船は港に移動しました。

 次の日、みぱぱはホテルから港に移動します。

 そこには親馬鹿船長、船のクルー以外にジェームズさんも来ていました。


「何時頃、出港するの?」

「十時の予定なんだけど、ちょっと管制官に確認してくる」


 ジェームズさんは小一時間もたってから、船に戻ってきた。苦々しい表情をして。


「遅かったね。そろそろ、出港の時間だよね」

「……みぱぱ、すまん。今日は出港できない」

「え!? なんで?」

「管制官が許可を出さなかった?」

「何かまずいことでも?」

「えぶりしんぐまねー!!!!」

「え!?」


 突然のジェームズさんの言葉に思わずみぱぱは聞き直した。


「出港したければ金をよこせと管制官が言ってるんだ。アンダーテーブル。賄賂をよこせと」


 実はみぱぱは入国の時に部品をひとつ持ち込もうとしていたのですが、それはみぱぱの会社のミスなので無償品なのですが、関税官がみぱぱに言いました。


「無申告だから多額の税金がかかるが、私にお金をくれれば見逃してやるぞ」


 困ったみぱぱは必殺英語分かりません作戦に出ていると、迎えの人が来て事なきを得ました。

 前回のインドネシアの時も思ったのですが、インドネシアでは何かとお金を要求してきます。やあ、おはようとあいさつするのと同じ感覚で。


「え、それでいくらくらい要求されたんですか?」

「……一万円」


 一万円くらい良いんじゃないかと思ったみぱぱでしたが、シンガポールで誠実なビジネスを学んだジェームズさんは断固として断ったようです。

 結局、次の日、管制官が変わってスムーズに出港できました。

 その後は大きなトラブルもなくお仕事終了です。

 みぱぱは空港へ行き、お土産を買います。みぱぱはクルプックを買いました。

 クルプックとはえびせんです。かっぱえびせんなら日本で買えるって? かっぱえびせんではありません。五百円玉よりも一回り大きな、せんべいのような見た目です。それを油で揚げるとみるみる大きくなって、三倍くらいになります。サクサクしておいしいえびせんのできあがりです。揚げる手間はありますが、揚げたての美味しいせんべいが食べられます。


 お土産も無事ゲットしたみぱぱは、出発まで時間があったため、空港内のレストランでビールを頼みました。


「でぃんぎんびぁ、ぷりーず」


 ちゃんと、冷たい缶ビールが出てきました。

 グラスも缶の口もちゃんと拭いてから、缶ビールを開けて、グラスにビールを注ぎました。

 ちょっと薄めの琥珀色のビールは炭酸で白い泡を作りませんでした。全く泡が出ませんでした。どうやら缶ビール自体古すぎて炭酸が抜けてしまったようです。

 みぱぱは店員を呼んでなんとか説明すると、新しいビールをもらいました。

 封を開けていないのに缶ビールの炭酸が抜けるインドネシア。恐ろしい国。


 そんなことがありましたが、今回はお土産もバッチリ! 意気揚々と出国しようとするとするみぱぱは管理官に止められました。

 どうやら、パスポートに挟んであった出国カードが無くなっていたようです。

 どこで落としたのか分かりません。

 困るみぱぱに管理官が優しく話しかけてきます。


「五千円くれたらなんとかするよ」

「お願いします!!!」


 経費で落ちないかな~? そんなことを考えながら、意外と緩いインドネシアもアリかなと思うみぱぱでした。

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