インドネシア
東南アジアの島国。島国ですがひとつの島がそこそこ大きい。その中のひとつ、バリ島と言えばあまりにも有名。
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「なあ、みぱぱ、じゃらんって知ってるか?」
「ええ、旅行雑誌ですよね。CMもしてますし、知らない人はいないんじゃないんですか? それが何か?」
「そうか、よかった。じゃあ、インドネシアにジャランジャランな?」
「……救急車呼んだほうがいいですか?」
「ジャランはインドネシア語で道。二つ重ねると動詞になるんだよ。ジャランジャランは旅行するって意味だ。つまりはインドネシアに出張だ~」
「はぁ~はじめっからそう言ってください。さあ、海水パンツを新調しなきゃ」
「なに言っているんだ? みぱぱ」
「え!? バリ島のリゾートホテルじゃないんですか?」
「それは行ってのお楽しみだ!」
みぱぱは成田からジャカルタ空港へじゃらんじゃらん。
ジャカルタ空港から一度、乗り継いでパプアニューギニアと同じ島の西パプアへじゃらんじゃらん。
超田舎というか、道は舗装されておらず、周りはジャングル。ぽつりぽつりと家があるくらいです。
車で一時間ほど行くと、フェンスに囲まれたキャンプに到着しました。
これで一安心。
しかし、この時のみぱぱは、このあと待ち受ける地獄を予想できなかったのでした。きゃ~!
キャンプに入った後、みぱぱは説明を受けます。
「現場はここからボートで約三十分行ったところです。干潮時にはボートが出せません。そのため、現場へ行く時間、帰ってくる時間は潮の満ち引きによって変わりますので、毎日チェックするように」
はい! ここで時間を間違えてボートに乗り遅れると予想した人、残念です。みぱぱはそういうところは気になる方なので、乗り遅れることはありませんでした。
翌朝、ボートに乗って現場に向かいます。
木で作られた桟橋にボートを止めて現場に入ります。
大体、八時頃、現場へ行き、十七時頃帰ってきます。ただし日によって一時間ほどずれるので要注意です。
「こんにちは。みぱぱと申します。よろしくお願いします」
「やあ、初めまして。立川です」
パプアニューギニアで再会した立川さんはこの時、初めて出会いました。
「しかし、よくこんな
「仕事ですから砂漠でもジャングルでも行きますよ」
そう、この現場はジャングルを切り開いて造られています。
みぱぱが最初行ったときは、簡易的なオフィスと小さな宿泊施設があるだけでした。
そこを切り開いて大きなプラントにするのですが、数年かかります。
さて、とりあえず、今日の仕事が終わったみぱぱは、帰りのボートの時間を気にして仕事を切り上げます。
「立川さん、そろそろボートが出る時間ですよ」
「そうだね、じゃあ、また明日。気を付けてな」
「立川さんは帰らないんですか?」
「まあ、ほら、ここの機械を見なきゃいけないからな」
なにか歯切れの悪い立川さんを残して、みぱぱは桟橋に行きます。
「え! 水がない」
来た時には桟橋まで水があったのですが、今は水が引いて百メートル以上先の沖にボートが止まっています。
しょうがないのでボートまで歩きます。
地獄。
地面は泥。長靴を借りてボートまで行くのですが、最低でも足首まで埋まります。ひどい所では長靴が埋まるのではないかと思うほどの深さです。その上、ここ、インドネシアの海岸沿いはマングローブの宝庫。地中には幹が折れて、凶器となっているマングローブが隠れています。転んだ時に下手に手をつくと、傷ついたり、手に木が刺さるそうです。
書類などのバッグをしっかりとしょって、一歩一歩慎重に進みます。
なるべく、前の人が歩いて硬そうな地面を探して、埋まった足をゆっくりと抜き、長靴が脱げないように、倒れないように進んでいきます。
そして汗だくになって、ボートに乗ってキャンプに帰ります。
あれ? 仕事しているより、泥の中を歩く方が疲れるのじゃないか?
これを毎日? いやだ~!!!!!
そう、だから立川さんは広くてしっかりしたキャンプに戻らずに、簡易的な現場の宿泊施設に泊まっていたのです。
次の日、現場に戻ったみぱぱは立川さんに聞きました。
「立川さんは知ってたんですね」
「何を? あ、ああ、アレか。ゼロ戦の残骸だろう」
「そうじゃな……何ですかそれ? 詳しく教えてください」
「助かった」
「え、何か言いました?」
「いや、それよりゼロ戦の話だったな。船着き場からキャンプに行く途中にゼロ戦の残骸があるんだよ。第二次世界大戦の時はこの辺も戦地になってたからな」
「本当ですか? 今日の帰りに見てみます」
みぱぱはウキウキで、相変わらずの泥の海を乗り越えて、キャンプに戻ります。
一度、キャンプに戻り、荷物を下ろすと立川さんが教えてくれた場所に歩いて行きます。
「YO、YO! どこに行くんだいYO!」
現地の兄ちゃんが声をかけてくれます。
「そこにゼロ戦が落ちてるって聞いたので、見に行ってみようかと思って。場所知っていますか?」
「YO、YO! 知ってるYO! 一緒に行ってやるYO!」
YO兄ちゃんと一緒に、ゼロ戦の残骸を見に行きました。
そこにはゼロ戦の残骸がありました。一機だけではありません。何機も乱雑に置かれていました。エンジンのメーカーを見ると三菱重工や川崎重工などが刻印されていました。
ゼロ戦は三菱重工製らしいのですが、軍事に疎いみぱぱにはプロペラ式の戦闘機はまとめてゼロ戦です。異論は認めますが、そんなの知りません。
確かに壊れてはいますが、戦後、五十年以上経っているとは思えないほどのサビは見えません。
下手に乗ったりして崩れても困るので、見て回るだけでキャンプに戻ろうとします。
「YO、YO! もういいのかYO! だったらガイド代、よこせYO!」
勝手についてきて、別に説明をしてくれた訳でもありません。
そもそも、何も持ってきていないみぱぱに手持ちのお金はありませんでした。
「今はお金を持ってないし、今日は遅いから明日、あのキャンプの前に来てくれたら払うYO!」
「YO、YO! わかったYO! それじゃあ、明日だYO!」
それからみぱぱはYO兄ちゃんに会うことはありませんでした。
「スラマッパギ!」
「パギ。 ってみぱぱさんインドネシア語を話せたの?」
「いえ、挨拶だけ教えてくれました。あとはトゥリマカシくらいですね」
朝、立川さんに会って、昨日のゼロ戦の話をしました。
ちなみに、インドネシア語でパギは「おはよう」、スラマッパギで「おはようございます」。トゥリマカシは「ありがとう」です。
「ああ、インドネシア人は何かあると、すぐに金をくれって言ってくるから気を付けたほうが良いよ」
「あとで何か言われませんかね?」
「大丈夫。あいつらの金をくれは、こんにちはと同じ感覚だから。もらえればラッキーくらいにしか思ってないよ」
「そんなもんですかね」
「そんなもんだよ。大体、インドネシアってお金が無くなれば、その辺に生えているバナナやココナッツ取って食えばいいやって人間が多いから、そんなにガツガツ仕事もしないのさ」
さすが南国。
海も川もあり、植物は豊富だから、食べ物には困らないだろう。その上、天然ガスや石炭も採れる優良国なんですよね。ただし、自国で採掘能力がないので他国に頼っているのですが、自国技術で採掘精製できればかなり国力が増すはずです。国民性の問題なんですかね。観光資源的にも世界的に有名なバリ島もあるので、日本よりも恵まれていると思うのですが。
さて、仕事も順調に終わり、飛行機でジャカルタまで戻ります。来た時と同じように、一度乗り換えをします。
「ジャカルタまでの飛行機は機体トラブルのため遅れます。出発時刻はわかり次第、ご連絡いたします。決してエンジンから火が吹いたとか、翼に鳥がぶつかって壊れたとかじゃないので安心してください。本当ですからね。信じてね」
まあ、日本でも飛行機の出発時刻が遅れることなど珍しくありません。
ジャカルタでの国際線に乗り換えも十分な時刻があります。お土産を探す時間が少し減るだけだろうと、それほど大きくない空港を散策しながらみぱぱは時間を潰すことにしました。
それから、一時間、二時間たっても、出発予定のアナウンスは流れません。
さすがに心配になったみぱぱは職員を捕まえて聞いてみます。
「すみません、あとどのくらいかかりそうですか? ジャカルタから日本に帰る便の都合もあるのですが」
「ああ、そうなのですね。すみません。スマトラ虎にひっかかれた部分の修理は終わったのですが、オランウータンに壊された部分の修理がまだ残っていますので、もうしばらくお待ちください。日本行のチケットを見せていただければ、あちらの航空会社に連絡を入れておきます」
「じゃあ、お願いしますね」
それから、一時間ほど待ってから出発したのですが、ちゃんと連絡を入れてくれていたため、無事に飛行機に乗ることができました。
「やあ、みぱぱ。今回のお土産は何だ?」
報告を聞いた上司は、聞いてきました。
「泥に埋まることなく、スマトラ虎にも襲われることなく無事に帰って来た私がお土産です」
「え、それって食べられるの?」
結局ジャカルタの空港ではお土産を買っているような余裕はありませんでした。