マーシャル
太平洋の島国。ビキニ環礁の水爆実験でも有名。
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例の上司より三人で聞くようにと、みぱぱはカセットテープを渡されました。
三人とは、サウジに一緒に行った大ベテラン森谷さん、イタリア経由で北アフリカに行った同僚の林原さん、そしてみぱぱの三人です。
「なにでしょうね」
みぱぱはテープレコーダーにカセットテープを入れながら二人に話しかけます。
「なんだろうね? あ、タバコ吸ってきてもいい?」
「みぱぱさんは何も聞いてないんですか?」
「とりあえず、迷わず聞けよ、聞けばわかるさ。と言われたので聞いてみますか」
「あの人は猪木ですか?」
そんなことを言いながらカセットテープの再生ボタンを押してみます。
『今回のミッションは歴史的大渇水になっているマーシャルを救うことにある。学校、病院、大使館に各々一人一台の装置を設置してもらう。これは人命にかかわる重要なミッションで失敗は許されない』
珍しく、三人での出張。三台の装置を別々に設置するという、これまでにないミッションにみぱぱは息をのみます。
『例によって、君、もしくは君のメンバーが捕えられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないからそのつもりでミッションに当たってくれたまえ』
「え!? 捕らえられたり、殺されてってどう言うことですか?」
みぱぱの問いにテープの音声は答えるようなこともなく、音声は続きます。
『なお、このテープは自動的に消滅する』
その音声と共にテープレコーダーは爆発しました。
「これ、個人のテープレコーダー!!!」
みぱぱの嘆きの声と共にマーシャル出張は始まりました。
三人の隊長は大ベテランの森谷さん。副隊長みぱぱ。特攻隊長は英語が得意な林原さんとなりました。
ちなみにこの役職の隊長以外、特に意味はありません。
装置ではすでに空輸で現地に搬入してあります。
まずは入国後、ホテルにチェックイン。
このホテル、二階が宿泊施設、一階が中華レストランになっているため食事は一階で行います。
今回は現場が三か所離れているため、レンタカーを一台借りての移動となりました。
まずは日本大使館に行き、森谷さんが大使に到着の報告とこれからのスケジュールを説明しました。
マーシャルに日本大使館があるかって? そう、あるのですよ。今回は在マーシャル日本大使からの要望でのお仕事です。
そのため進捗状況は毎日、大使に報告します。その間、みぱぱと林原さんは大使館の外で待っていました。
大使館への報告が終わると実務部隊、現地側の水道局の方々と合流して、現地の方について状況の確認をします。
学校、病院、大使館。
予定通り装置はありました。あとは設置して立ち上げ作業です。
隊長森谷さんは大使館、林原さんは学校、みぱぱは病院の担当になりました。
朝、各地に担当者を下ろして、各々作業。お昼と夕方、その日の車担当が各地を回って合流することにしました。
マーシャル、意外と都会でした。映画館もボーリング場もあります。 (現在どちらも閉鎖になっているようです)
道路は日本と逆の右側通行。初めはちょっと戸惑いましたが、交通量はそれほどないため、気楽に運転可能でした。
そして、気になったことがひとつ。
大渇水でひとがバタバタ死んでもおかしくないと脅されていたのに、街はいたって平穏です。
確かに暑い、空気は乾燥している。
でも人々が殺気立っている様子もないのです。
スーパーマーケットにはミネラルウォーターも売ってます。
余りにも暑くて、いくら水を飲んでも飲み足りないみぱぱは、ふとあるペットボトルを手に取ってみます。
Sparkling Water
炭酸水です。
「森谷さん、炭酸水ってそのまま飲んだことありますか?」
「いや、無いね。お酒を割るときに使うけど。それよりもタバコ吸っていい?」
「林原さんはありますか?」
「僕はそもそもお酒飲めないから、わからないですね」
そう、林原さん、お酒が飲めません。体質的に非常にお酒に弱いのです。そのため、みぱぱと森谷さんがお酒を飲んでも林原さんが運転してくれるので大変助かります。ビバ! ハンドルキーパー!
それはさておき、試しとばかりに無糖の炭酸水を購入してみます。コーラとかもあったのですが、ぬるくなると地獄だと思い、止めました。
別で買っておいた水は置いておいて、炭酸水を飲んでみます。
「あ! いける!」
端麗辛口の水。炭酸でさっぱりしていて、それほど量を飲まなくても喉が潤う。
ぬるくなったら、炭酸が抜けてただの水になるかもしれませんが、それはそれで水として飲めるので問題なしです。
こうして、朝とお昼はスーパーで炭酸水を買うことを覚えたみぱぱでした。
さて、数日が過ぎたある夜、肉料理に飽きたみぱぱは魚料理を頼むことを決意しました。
ちょうど出張前に、テレビで見た魚丸ごと一匹に油をかけて、調理する料理を見たところでした。
お店の人に料理の説明を聞くとそれらしきものが出てきました。
「でっか!」
三十センチはありそうな立派な魚。
食べてみると、美味しい。ちょっとたんぱくだけど、あんかけになっているので大丈夫。
しかし食べ進めていくとみぱぱの手が止まりました。
「どうしたんですか?」
林原さんが心配して聞いてきます。
「……レア」
「なにがですか?」
「三百連ガチャしたのにレアしか出てこない!!」
「……何言ってるんですか? みぱぱさん」
この林原さん、お酒は飲まない、ゲームしない、真面目人間ギャートルズなのです。
「ほら、この魚の背骨の周りが
「ありゃ~、これはやめておいたほうが良いですね」
料理的にはこの状態が良いのでしょうが、海外で生魚は怖いです。
結局、表面だけ食べて後は残しました。お腹空いた~。
それから、みぱぱは魚を頼むのはやめました。
そんなことがありながら、仕事は進みます。
病院の裏にある土の駐車場でみぱぱは運転準備をします。
暇なのか、数人の住民が何してるんだろうと、こちらを眺めています。
「よし、試運転できますよ。運転してみますね」
「お願いします」
現地水道局のダンさんは緊張した面持ちで同意します。
「スイッチ~~は任天堂。オン!」
ポンプが回り始めて水が出てきました。
機械のデーターを確認して最後に水質を確認します。
問題なし。
人が口にする物です。
最後は自分の口で確認します。みぱぱはコップに汲んだ水を飲んでみます。
「どうですか?」
「……」
「駄目ですか?」
「……」
みぱぱは黙ってコップをダンさんに差しだします。
それを受け取った緊張した面持ちのダンさんは黙って口に入れました。
「ぐーっど!」
にかっと日焼けで黒くなっている顔が笑顔になりました。
周りで見ていたおじさん達も何事かとこちらが気になるようです。
そんなおじさん達にみぱぱは手招きします。
恐る恐る近寄って、ダンさんと同じように口に水を含むおじさん達。
みぱぱはてっきり喜んでくれるものと思っていましたが、おじさん達はそのまま帰ってしまいました。
やっぱり、水には困ってないのだろうか? そんなことを思いながらも、仕事ですから、みぱぱは装置の調整を続けます。
タンクに水を溜めていると、先ほどのおじさん達が戻ってきました。
家族はもちろん、近所の人を引き連れて、両手にはポリタンクを持って。
「水をもらえるかい?」
「喜んで!」
ダンさんの仕切りの元、どんどん水を配るみぱぱ達。
やはり、水には困っていたのです。最低限の飲料水はミネラルウォーターでどうにかなっていますが、生活用水はほとんど無いようです。
人は減るどころか、どんどん増えてきます。
「ダンさん、何時までやりますか?」
「九時から十七時にしましょう」
よかった、朝七時から夜十一時とか言われたら、ワンオペではどうにもなりません。まあ、イイ気分かも知れませんが。
十七時になるとあたりは薄く暗くなってきます。
「おーい! 今日はもう店じまいだ。明日の朝九時から再開するから来てくれ~」
ダンさんはまだ並んで居る人々にそう言いました。
暴動でも起こるかと思いましたが、みんな素直に引き上げました。
夜中に勝手に現地の人が運転しない様に、仮設テントの中に入れた装置の停止準備をしていたみぱぱにダンさんが声をかけてきた。
「みぱぱさん、ちょっといいかい?」
「どうかしましたか?」
ダンさんはちょっとバツが悪そうにはにかみながら言葉を続けました。
「私の親戚なんだが、少し水を出してもらってもイイかな?」
そこにはダンさんに似たおじさんがいました。
みぱぱは外から運転しているのが分からないように、黙って運転しました。
ダンさん、流石に表立って身内をひいきするのは気が引けたのでしょう。
みぱぱは、車を運転して森谷さんと林原さんを迎えに行きます。
どちらも、みぱぱがいたところと同じように大勢の人が水を取りに来ていたようです。
「森谷さんも林原さんも順調に立ち上がったみたいですね」
「ああ、やっぱり水不足だったんですね」
「そうだね。早く、タバコが吸いたい」
次の日、朝現場に行くとすでに数人待っていました。
急いで準備をするとどんどん水を配ります。
「ありがとう、みぱぱさん、みんな喜んでますよ」
ダンさんからありがたい言葉をいただきました。
なかなかエンドユーザーの顔の見えない仕事なので、こんなにも人の役に立って、喜ばれるのを間近で見るのは初めてでした。
日本の渇水の時もいろいろな場所に出動しましたが、浄水場に水を送ったり、タンクローリーで配っているため実感はありませんでした。
お金をもらって、お礼を言われる仕事。
これを味わってしまうと、もうこの仕事は辞められません。
実は何度か会社を辞めようかと考えたことがあるみぱぱですが、続けていてよかったと心の底から思ったマーシャル出張でした。
そうして、みぱぱたちはマーシャルの人々に喜ばれながら、帰国しました。
帰国したみぱぱは交通量の少ない田舎道を車で走っていると、ふと思いました。
「左通行でよかったんだよな」
ちょっとクセが抜けないみぱぱでした。