11・親父娘の辞書に『乙女』の文字
目が覚めたらホテルの大きなベッドで、枕は
どうすればいいのか分からないし、昨夜どうなったのかも分からない。一応、下着もバスローブの乱れもない。
「おはよう、さくちゃん」
「おおおおおはよう… ございますぅ」
見られない! 眩しすぎて、明さんが見られない! いや、目の前、明さんの剥き出しの胸だし! いやいや、男の胸ってか筋肉なんて見慣れているけど、明さんの胸だし!
「いつものさくちゃんに、戻っちゃったね」
パニックになっている俺のオデコに、明さんは笑いながら軽くキスをしてくれた。
「あ、あ、あの…」
いや、どこ触っていいの? いや、触るっていうか、このままの体勢でいいのか?
「昨夜は唇だけだったけれど… 少しずつ、さくちゃんを食べて行くね」
え? 俺、キスされて気持ちよくって寝ちゃったわけ? すごいな、明さんのキス。
ぎゅっと抱きしめられて、オデコと鼻の頭にキスをされて、それだけなのに、また体中がゾクゾクしてきちゃって… 少しだけ、本当に少しだけ俺も進んでみた。
「あ… す、少しずつで… お願いします」
厚みのある明さんの唇に、そっと、本当に軽く軽く軽~く唇を重ねた。
すぐ、放れたけど。
驚いたのか、固まった明さんの胸元から慌てて抜け出して、バスルームであっついシャワーを頭から浴び始めた。
「さくちゃん、お昼、何食べようか?」
シャワーを止めると、待っていたかのタイミングで、ドアの向こうから明さんが聞いてきた。
「何でもいいの?」
バスタブにお湯を溜めながら聞いてみる。
あ、何かバスボム見っけた。入れてみようかな。
「いいよ。結局、昨夜もあんまり食べられなかったでしょ? 何がいい?」
ピンクのバスボムを入れると、たちまちお湯はピンクになって、バスルームはイチゴの匂いが充満した。
あ~昨日のイチゴ、味が分からないままだった。勿体無いことしたな。
「さくちゃん? 寝ちゃった?」
様子を
「あ、起きてる起きてる。
今ね、バスボム見つけたから入れてみたらさ、イチゴの匂いがすごくて、堪能しちゃってた」
まぁ、甘い匂いで落ち着いて、少し眠くもなって来たかも。
「イチゴのバスボム? 僕も、一緒に入ろうかな?」
「いやいやいやいや、それは無理です。ごめんなさい。すぐ出ます、ごめんなさい。
お昼は、家系ラーメンで。もちろん、ニンニク増し増しでお願いします」
明さんがバスルームのドアノブを少し開けた瞬間、俺は近くにかけていたバスタオルで体を覆い、自分の体を出来るだけ縮めてバスタブの隅に張り付いた。
「一緒に入れないのは残念。
チェックアウトまで時間はたっぷりあるし、着替えは届けられたから大丈夫だよ。ゆっくり入って。
お昼、ラーメン行こうね」
何やら、上機嫌に聞こえる明さんの声に、
「… あ、明さん、一緒に入る?」
だから、絶対入ってこないと分かっている上で、声をかけてみた。
「いいの?」
想定外だった。やんわり断ると思ったのに、勢いよくドアを開けて入って来た。しかも、さっきは気が付かなかったけど、明さんもバスローブ姿で、逞しい首筋や覗いてる胸元がセクシーで…
「ああ、ほら、さくちゃん」
明さんの大きな手が、俺の鼻をキュっと摘まんだ。お湯がピンクだから目立たなかったけれど、鼻血がたれたようでフワフワと馴染んで消えた。
慌てて、自分の手で鼻を摘まんで、少し下を向いた。
「ごめん、明さんの手、汚れなかった?」
「大丈夫。頑張ってくれるのは嬉しいけれど、ゆっくりでいいよ」
そんな無様な俺の頬に、とどめの一発、わざと音を立ててキスをした。
チュって!!
「お昼、ラーメンね」
言って、明さんはバスルームを出て行った。バスタブの中で、固まっている俺に軽く手を振って。
きっと、お昼にニンニク増し増しラーメンをチョイスしたのは、恋する乙女としてはアウトなんだろうけれど、とりあえず明さんのキス攻撃やあのフェロモンに耐性を付けないと…
「食べてもらえないじゃんか…」
こんな考えをするようになった自分自身にびっくりだけど、腕や鎖骨下に付いてた無数のキスマークにもびっくりして、止まるどころかますます出てきたこの鼻血をどうにか止めて風呂から出たら… さっき以上に確りと、さっきより一秒でも長い時間、明さんの頬にキスしてみようと思った。
終わり