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第27話  乙女の階段はゆっくりと(3)

「見たいな、先生のあきらさん」


「でも、保育士に戻ったら、さくちゃんと休みの日が中々合わなくなって、さくちゃん不足になる。今回みたいに」


「あ~、それ、俺も。俺も、明さん不足になる。でも、完全に会えなくなるわけじゃないし。スマホがあるから、距離があっても声は聞こえるもんね。

遠距離恋愛だと思えば…」


 急に明さんが立ち上がって、俺の斜め前にひざまづいた。思わず体を少し動かして、明さんを正面から見た。


「僕は、それじゃ嫌だ」


「嫌だって言っても…」


「さくちゃん不足になったらろくな事がないって分かったから。

 これ、受け取ってくれるかな?」


 胸ポケットから出したのは、赤いリボンの付いた鍵だった。


「明さんの家の鍵? 合鍵?」


「僕とさくちゃんの、部屋の鍵」


 … え?


「さくちゃんが今住んでる部屋から、五分もしない所だよ。僕の新しい職場も近いし。

 年明けから就職活動しながら、新居も探していたんだ。多分、さくちゃんの見た人は、保育園の園長だと思うよ」


 … え?


「さくちゃん?」


「ちょっ… ちょっと待って明さん」


 展開に、頭がついていかない。思考回路が固まった俺に、明さんは紅茶のカップを渡してくれた。


「ありがとう… 美味しいじゃなくて、明さんと俺の部屋って… 本気?」


「本気。断られたら、ストーカーになっちゃうかもね」


「ストーカーって、殺し文句じゃなくって、脅し文句だ」


「脅してはいないけど、誰にも見せたくないし、誰にも触らせたくないんだ。僕のテリトリーにしまい込んで、グズグズに甘やかしたい。イヤ?」


「イヤ、じゃないよ。でも…」


 そんな風に思ってもらえる価値、俺にあるの?


「不安?」


 不安なのかな? でも、不安なら、この数ヶ月いっぱい不安だったな。ヤキモチもやいて、大泣きもして… 知らない自分を見つけた。


「不安とかヤキモチとか、今まで経験なかったのに、明さんと出会ってからの数ヶ月でいっぱい経験した」


「うん。僕も自分がこんなに独占欲が強かったなんて、知らなかったよ。

咲良さくらを、誰にも渡したくないんだ」


 真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ、明さんは俺を見つめてくれた。


「明さんは、俺が相手でキス以上のことがしたい?」


 心臓がドキドキしてる。


「さくちゃんの気持ちが僕を求めてくれるまで、我慢するつもりだよ。まぁ、リードはさせてもらうけど」


 カップに添えた俺の手に、明さんはそっと自分の手を重ねてきた。


「化粧っけなくて、胸も無くて、体つきも女ぽくなくって、手だって荒れ放題で…」


「この手は、仕事を頑張っている証拠でしょ?」


 そう言って、両手を包み込むようにカップから放し、明さんの口元まで持っていって… 赤切れが酷くて、手荒れでガサガサな俺の手に優しくキスをしてくれた。


「あ… あの…」


 手に付けられた熱で、一気に顔が熱くなった。鼻に血が溜まるのが分かった。でも、何度も繰り返される手へのキスが優しい雨の様で、とても気持ちがいい。


「本当は、こんな風に咲良の唇にキスがしたい」


 手のひらに触れるか触れないかの高さで唇を止めて、上目使いで俺を見る。


「咲良の唇や頬に、その瞳にもキスをして、少しずつ咲良を…」


 スルっと明さんの手がバスローブのそでを上げて、少しずつキスが腕を上がってきた。


「味わって…」


「つっ…」


 たまに強く吸われて、痛いような痺れるような甘いような… 背中がゾクゾクして体中の力が抜けだして、スっと優しく、触れるか触れないかの指先が、背骨を上から下へとそっとなぞられて、腰が砕けた。


「全部、食べてしまいたい」


 首筋に明さんの唇の感触。砕けた腰は逞しい腕がしっかりと抱いてくれてて、気が付いたら体を預けてた。


「明さん…」


 このまま明さんに食べられたら、俺はどうなっちゃうんだろう…


「咲良…」


 こんなにも、自分の名前を甘く呼ばれた事は無い。甘くて熱っぽくって、酒よりも深酔いしそうだ。


「食べて、明さん… 俺の全部… 食べて」


「咲良」


 キスの雨が降ってきた。おでこや瞼、鼻の頭や頬に触れるか触れないかの軽いものから、強めに吸われたり… ああ、なんて気持ちがいいんだろう。


「好きだよ」


 唇に触れた雨はとても柔らかくて、そうかと思えば何度も何度も小鳥の様についばんだり、甘噛みされたり、軽く強く吸われたり… 気持ちよすぎて、明さんの匂いに包まれて…


 気が付いたら朝だった。



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