「見たいな、先生の
「でも、保育士に戻ったら、さくちゃんと休みの日が中々合わなくなって、さくちゃん不足になる。今回みたいに」
「あ~、それ、俺も。俺も、明さん不足になる。でも、完全に会えなくなるわけじゃないし。スマホがあるから、距離があっても声は聞こえるもんね。
遠距離恋愛だと思えば…」
急に明さんが立ち上がって、俺の斜め前に
「僕は、それじゃ嫌だ」
「嫌だって言っても…」
「さくちゃん不足になったら
これ、受け取ってくれるかな?」
胸ポケットから出したのは、赤いリボンの付いた鍵だった。
「明さんの家の鍵? 合鍵?」
「僕とさくちゃんの、部屋の鍵」
… え?
「さくちゃんが今住んでる部屋から、五分もしない所だよ。僕の新しい職場も近いし。
年明けから就職活動しながら、新居も探していたんだ。多分、さくちゃんの見た人は、保育園の園長だと思うよ」
… え?
「さくちゃん?」
「ちょっ… ちょっと待って明さん」
展開に、頭がついていかない。思考回路が固まった俺に、明さんは紅茶のカップを渡してくれた。
「ありがとう… 美味しいじゃなくて、明さんと俺の部屋って… 本気?」
「本気。断られたら、ストーカーになっちゃうかもね」
「ストーカーって、殺し文句じゃなくって、脅し文句だ」
「脅してはいないけど、誰にも見せたくないし、誰にも触らせたくないんだ。僕のテリトリーにしまい込んで、グズグズに甘やかしたい。イヤ?」
「イヤ、じゃないよ。でも…」
そんな風に思ってもらえる価値、俺にあるの?
「不安?」
不安なのかな? でも、不安なら、この数ヶ月いっぱい不安だったな。ヤキモチもやいて、大泣きもして… 知らない自分を見つけた。
「不安とかヤキモチとか、今まで経験なかったのに、明さんと出会ってからの数ヶ月でいっぱい経験した」
「うん。僕も自分がこんなに独占欲が強かったなんて、知らなかったよ。
真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ、明さんは俺を見つめてくれた。
「明さんは、俺が相手でキス以上のことがしたい?」
心臓がドキドキしてる。
「さくちゃんの気持ちが僕を求めてくれるまで、我慢するつもりだよ。まぁ、リードはさせてもらうけど」
カップに添えた俺の手に、明さんはそっと自分の手を重ねてきた。
「化粧っけなくて、胸も無くて、体つきも女ぽくなくって、手だって荒れ放題で…」
「この手は、仕事を頑張っている証拠でしょ?」
そう言って、両手を包み込むようにカップから放し、明さんの口元まで持っていって… 赤切れが酷くて、手荒れでガサガサな俺の手に優しくキスをしてくれた。
「あ… あの…」
手に付けられた熱で、一気に顔が熱くなった。鼻に血が溜まるのが分かった。でも、何度も繰り返される手へのキスが優しい雨の様で、とても気持ちがいい。
「本当は、こんな風に咲良の唇にキスがしたい」
手のひらに触れるか触れないかの高さで唇を止めて、上目使いで俺を見る。
「咲良の唇や頬に、その瞳にもキスをして、少しずつ咲良を…」
スルっと明さんの手がバスローブの
「味わって…」
「つっ…」
たまに強く吸われて、痛いような痺れるような甘いような… 背中がゾクゾクして体中の力が抜けだして、スっと優しく、触れるか触れないかの指先が、背骨を上から下へとそっとなぞられて、腰が砕けた。
「全部、食べてしまいたい」
首筋に明さんの唇の感触。砕けた腰は逞しい腕がしっかりと抱いてくれてて、気が付いたら体を預けてた。
「明さん…」
このまま明さんに食べられたら、俺はどうなっちゃうんだろう…
「咲良…」
こんなにも、自分の名前を甘く呼ばれた事は無い。甘くて熱っぽくって、酒よりも深酔いしそうだ。
「食べて、明さん… 俺の全部… 食べて」
「咲良」
キスの雨が降ってきた。おでこや瞼、鼻の頭や頬に触れるか触れないかの軽いものから、強めに吸われたり… ああ、なんて気持ちがいいんだろう。
「好きだよ」
唇に触れた雨はとても柔らかくて、そうかと思えば何度も何度も小鳥の様についばんだり、甘噛みされたり、軽く強く吸われたり… 気持ちよすぎて、明さんの匂いに包まれて…
気が付いたら朝だった。