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第25話 乙女の階段はゆっくりと

10・乙女の階段はゆっくりと


 俺をお姫様抱っこしたまま、あきらさんは無言で入って来た時とは違うドアから店を出た。あの店はホテルの一角だったようで、絨毯の床をスイスイと進んで、外が見えるエレベーターに乗って、上の階の一室に入った。


「うわっ!」


 部屋に入り、今まで以上に大股で奥まで進むと、大きなベッドの上に投げ出された。スプリングが良くって、体が小刻みに弾む。


「さくちゃん、僕、怒ってるって言ったよね」


 それを抑え込むように、スーツの上を脱ぎ捨てた明さんが俺を上から押さえつけた。思考回路がついていかない。


 なんで怒ってるの? 俺は明さんと久しぶりに会えて、体温を感じられて、声を聞けて嬉しい。けど、どうしよう、何が悪かった? 合コンに来たから? それなら明さんだって…


「そうだよ!俺だって怒ってるよ明さん!」


 ネクタイを力強く握りしめたけれど、次の瞬間には力が抜けた。


「もう、俺と会いたくなくなった? こんな可愛げのない子供みたいな女より、胸が大きくてスタイル抜群の大人の女の人がいい? 

 … 俺、この前見ちゃったんだ、明さんがスーツ着て女の人に会ってるの。

 俺、明さんに言ったよね! 合コンに行ってほしくない! 他の人を見てほしくないって! 嘘つき!!俺のこと、明さんの特別って言った! 特別って言ったのに、他の人にヘラヘラしてた!バカバカバカバカ… 俺の、俺だけの明さんなのに」


 頭にきて一気にまくしたてて、言いながら悲しくなって、惨めになって… 最後には言葉と涙が次から次に出てきた。


「… ごめん、咲良さくら


 そんな俺を、明さんは優しく抱きしめてくれた。涙が止まるまで、横になったまま優しく背中を撫でてくれた。


… 『咲良』って、呼ばれた。


「ごめん、明さん。言いたいことぶちまけた。勝手なこといって、ごめんなさい」


 どれぐらい泣いてたのか分からないけれど、泣き疲れて涙が止まった時には頭が痛くて、瞼も重かった。ついでに、明さんのベストに、俺の涙と鼻水と化粧がべったりくっついていた。


「さくちゃんは、ちゃんと話してくれたじゃないか。なのに、誤解を生むような行動をとったのは僕だよ。さくちゃんは、悪くないよ」


 抱きしめてくれる腕の強さと包んでくれる温もりと、耳元で囁かれる声に、何だか満たされた気分になってきた。


 言いたいこと、言ったせいもあるのかな? 頭は痛いけど。あと、とても眠い…


「でも、明さんも怒ってるんでしょ?」


 そっと、明さんを見上げると、視線が合った。


「怒っているよ」


 言葉はそう言っているけれど、俺を見てくれている目はいつもと同じ、暖かくて優しい。


「俺、何した?」


「僕以外に、こんな可愛いさくちゃんを見せたこと」


「ん?」


 ちょっと、眠気が覚めたかも。


「さくちゃん、化粧苦手だって言っていたのに、こんなに上手なナチュラルメイクってことは、僕以外に触らせたでしょ? 髪も顔も… その胸だって。それだけ盛ってたら、見せる目的だって分かるし、何より露出しすぎ!」


 ああ、そうか… 良かった。俺、ちゃんと明さんの特別だ。


 そう思ったら、気持ちが凄く軽くなった。


「全部、ミオがやったんだよ。あ、顔と髪は店長ね。

 ここに来るまで、鏡も見せてもらえなかったし、何の説明もなかったよ。

 ここ、明さんが取った部屋?」


 顔を両手で拭いながら、明さんの下から体を起こした。


航大こうたが酔い潰れた時用にね」


 俺の動きに合わせて、明さんも体を起こして胡坐あぐらをかいた。


 … そんな体勢でも、カッコいいなぁ。


「じゃぁ、お風呂、使っていい? 髪も顔も色々塗りたくられて気持ち悪いんだ。こういうの、慣れてなくて」


 どうぞ。て許可をもらって、ヒールを脱いでバスルームに入った。

 着慣れないワンピースやドレス用の下着を何とか脱ぎ捨てて、アメニティーのクレンジングで化粧落として、熱いシャワー浴びて眠気を飛ばして、気持ちが落ち着いて気がついた。


 バスローブで出ていくのか? でも、代えの服なんてないし… ま、いいか。年末は、バスタオル一枚の格好見られてるもんな。あの時より、布面積は遥かにでかい。


 なんて頭の中をグルグルさせながら、こそっと、バスローブ姿で部屋に戻った。


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