9・乙女の階段を上る親父娘
タクシーから下りたら、磨き上げられた高そうな店のガラスドアに、見たこともない女が映っていた。
赤味かかったピンクの口紅。ビューラーでこれでもかっ!と上げられた
不揃いにカットされた裾はひざ下から脹脛の間でヒラヒラしていて、赤いキラキラしたサンダルの5センチヒールでもプルプルしている足に絡んでくる。
髪だって、女の子風にフワフワクルクルなセットをされたし。
「誰だ、これ? ってか、どこよ、ここ?」
それを見ている俺は… とにかく足が痛い。ってか、うちの店長、こんなメイクも出来るんだ。俺の顔いじっている時の店長、滅茶苦茶イキイキしていたな~。
「ほら、行くわよ、
タクシーの会計を終わらせて降りてきたミオが、俺の肩を突っついた。
「ミオ、これ…」
休日の昼、縫いぐるみのアキラさんとぼんやりと日向ぼっこしていたら、ミオと店長が大荷物を持って突撃してきた。と思ったら、今までに見たこともない素早さで、俺に洋服を着せたり化粧をしたり髪をいじったり… 鏡を見せてくれないまま、呼んだタクシーに押し込まれた。
「資金は気にしないで。今回、スポンサーが付いてるから」
タイトな黒のドレスに身を包んだミオが、サッ! と取り出したのは黒いカードだった。
おお~! 初めて見た。
「それ、誰から…」
ってか、ミオ、今日もオッパイの存在感が凄いな。これで盛ってないってスゲー。スリットからチラチラ見える真っ赤な裏地が、白い足をさらにエロく見せているし。
「そんなの誰でもいいから。私に見とれるのは分かるけれど、こっちよ。
もうさ、いつまでもウジウジしてないで、新しい男作るか、遊んじゃいなさいよ。あんたに足りないのは経験よ」
俺の倍あるヒールを履いているミオに手を引かれて店に入ると、そこは別世界だった。
ムーディーに薄暗い店内はいかにもお高そうで、受付らしきテーブルでミオが何やら記入して上着を預けると、着飾った男女や豪華なバイキング形式の食事が並ぶテーブルの中を臆することなく肩で風を切って進んでいく。
俺は、そんなミオに付いていくのが精一杯で、しかも早くも靴ずれした。それも、両足。
「新しい男? 遊べって…」
「ズバリ、婚活よ。このフロアー全部が参加者だから、一人ぐらい引っ掛けられるでしょう? その格好で、ニコニコしてれば、大丈夫。あんた、可愛い部類なんだから、喋らなきゃいけるわよ」
「いや、婚活で遊んじゃダメだろう?」
「まったく、根が真面目なんだから。大丈夫よ、そこまでかたっ苦しいものじゃないから。人生何事も経験、少しは遊びなさいよ」
店の一番奥、ガラスの向こうにキラキラ光るプールを背に、何脚かイスがセットされていた。そこに座ると、ミオが腰の位置に番号の付いたバッチを付けて、ウエイターから受け取ったウエルカムドリンクをくれた。
完全に場違いだ。
座った椅子の感触にすら、場違い感をヒシヒシと感じる。俯いて、いつもの癖で広げていた足を慌てて揃えた。
こんな短いワンピース、着せるなよなぁ。
「あ、この子は、私の学生時代からの友人なんです。だいぶ恥ずかしがり屋なもので…」
いつの間にか、数人の男の人が目の前に立っていて、ミオがサラリと流してくれていた。
いやいや、この子はって、どう見たって皆さんミオが目的でしょうに。
俺はうつむいたまま頭の上でミオのあしらう声を聴き、ドリンクをチビチビ飲みながら、視界を行き来する足の群れを見ていた。
「か・お。顔ぐらい、上げなさいよ」
つむじ辺りをツンツンされて、押し殺した声で言われて、ようやく俺はオズオズと顔を上げた。