「『あれだけ素でギャンギャン泣いた咲見たの、初めてなんですけど』ってクレーム、LINEに入ったんだけど?」
腹を見せて診察台に寝て、開けた口の中を
「アキが女に泣かされるのは納得できるんだけれどね。
はい、口ゆすいで。欠けた箇所が、軽く虫喰っていただけで、他は綺麗。歯が欠ける程食いしばって何を我慢してるのかは想像に難くないけど、何したのさ?」
「歯を食いしばるほどの我慢か… まぁ、一生懸命、聖人君子を演じているかな。
何したって… さくちゃんに会えてないから、心当たりがないんだよね」
「会ってないって、いつから?」
「クリスマス前に会ったのが最後。あ、年末と今月中旬には客として行ったよ。ちゃんと、さくちゃん指名で」
僕に背中を向けて、電子カルテをいじっている航大の声は、どこか呆れている。
「寝てたんだろ?」
「大島さん情報? 年末年始、仕事詰めすぎて、疲れてたんだよね」
会うの我慢して我慢してさくちゃん不足で仕事して、ようやくあの笑顔に会えたと思ったら安心して… なんで寝ちゃうかな、僕。いや、さくちゃんの手つきが滅茶苦茶気持ち良いからなんだけれど。
「ほら、昼前には終わらすんだから、寝ろ。って、本当に寝るなよ」
小馬鹿にしたように鼻で笑って、僕の顔の真上でドリルを構えた。
「あのな、あの親父娘の乏しい恋愛経験聞いただろ? 彼氏が合コンしていても何とも思わなかった子が、ヤキモチ焼いたんだよ。二ヶ月近く会えなかったら、そりゃぁ、泣くんじゃない? 仕事に関しては大人だけど、話を聞く限り恋愛に関しては子供だよ? 小学生以下だよ? 聖人君子なんて気取っていたら、いつまでたっても前進しないだろうし、お前の歯、食いしばりすぎて無くなるぞ。
上手く、リードしてやんなよ」
口の中に入る予定のドリルが、頭上で嫌な音を立てて高速回転を始めた。
痛くはないけど、左手挙手。
「いや… 徐々に進めてはいるんだけど、さくちゃんのペースに合わせてあげるのがなかなか難しくて」
実際、暴走気味だ。
「それに、お互い忙しくて会えないって言っても、そこは仕事第一のさくちゃんだから、大泣きする程じゃないと思うんだよね。
いい加減な仕事したら、それこそ嫌われるし。でも、他の理由がなかなか思い当たらない」
航大の構えているドリルも暴走気味。
「理由ね… ところでさ、アキはなんで東京に出てきたのか話しした?」
「いや、機会がなくて」
「… ふぅぅぅん。ま、いいや。
ほら、口開けろ」
ドリルが容赦なく歯を削っていく。この音が痛みを倍増させていると思うんだよね。
「あ、今度の月曜、合コンな。予定、開けとけよ~」
え? ちょっと待て、合コン?
「んあ?! んんん…」
「口ん中、切れるぞ~。はいはいはい、左手挙手無視~」
ドリルの音が止まった後、話す空きは微塵もなく治療が進められ、体を起こした時には航大は背中を向けて歩いて行ってしまった。
「合コン、無理だって~」
それこそ、さくちゃんに泣かれて殴られる。いやいや、それだけで、済むのか?