「あ、正月映画の前売りチケットじゃん」
先輩の言う通り、正月から始まる洋画のチケットで、前評判は好評だ。
「高橋の趣味はアクションやホラー系だろうけど、たまには恋愛もいいものよ? 映画で気分高めて、キスの一つでもオネダリしてみなさい」
キスのオネダリ…
「メチャクチャ、ハードル高いんスけど」
「お前な、キス一つでこんなに騒いでたら、その先どうすんだよ? ってか、前にも彼氏いたんだから、キスぐらいしたことあんだろが」
先輩が帰る準備をしながら、まくしたててきた。
「いやぁ… 手を繋いで終わりっス」
再度、二人が固まった。
「あ、あの… 店長? 先輩?」
その後、俺に背中を向けて、二人で何やら話し始めた。たまに、チラチラこっちを振り返りながら。
「なぁ、お前の元カレ、不能だったの? 確か、同い年だったんだよな? お前と。盛ってしょうがない年齢だろう? それか…」
先輩に物凄く可哀そうな顔で聞かれて、なんだか頭に来た。
「本当は彼氏じゃなくって、友達だったとか?」
「まぁ、そっちのほうがシックリきますよね、第三者から見ても。
キスの先かぁ… やっぱり、男の人は、胸大きい方がいいんスよね」
俺は言いながら、自分の胸を洋服の上から触ってみた。… 厚みに乏しい。胸どころか、全体的に女としての丸みと言うか柔らかさがないことは分かってる。こんな体じゃあ、キスの先なんて… なぁ…
「高橋、男の前でその行動はしない」
呆れたように、店長がそっと俺の手を下げた。
「いや、俺って、胸だけじゃなくって全体的に女らしい体系じゃないから、それこそキスの先なんて想像できないんじゃないか? と、思うわけですよ。
俺も知識として頭に入ってるし、そっちの話はいろんなとこで聞くけど、自分に当てはめてみることはなかったもんで」
でも、明さんはあの大きな手で触れてくれる。暖かくって、大きくって… 最初は緊張だけだったけれど、最近は触ってくれたところが熱くって、気持ちよかったりする。
「オッパイ大きくしたいなら、揉んでもらえよ。大きくなるぞ」
「そんなことは、個人の趣味だから気になるなら、本人に聞くのが一番よ」
先輩は人相の悪い顔で笑いながらボディバックを肩に引っ掛け、店長は営業中には絶対に見せない優しい表情で、俺に荷物を持たせてくれた。
「高橋は、彼氏の内面は好きじゃないの?」
あ…
「好きです」
「まぁ、体の相性も大切だけど、やっぱりハートが一番でしょ?ほら、明日も仕事なんだから、いい加減帰るわよ」
店長に背中を押されて、俺と先輩は店の裏口から強引に出された。
「ま、なんだ… 年内は仕事頑張れや」
励ましてくれたのか? 先輩は軽く俺の肩を叩いて歩き出した。まぁ、帰るのは同じアパートの一階と二階なんだけど。
とりあえず、年明けに明さんを映画に誘うのを目標に、残りの日数を頑張ろう! と、その時は気持ちが上がった。
次の日、店の両替で商店街の銀行に向かう時、綺麗で胸のでかい女の人と肩を並べて喫茶店に入っていく明さんを見るまでは。