7・キスってどんな感じ?
年内最後の休みは特別なものになったけれど、その記憶だけで師走を乗り切れと言われたら、それはそれで苦しかったりする。
まぁ、お互い疲れてるから、挨拶態度の内容だけれど。
そんなこんなで、またまた
営業時間が終わって、店の掃除も終わって、完全に電池の切れた俺は先輩と共にバックヤードの大きなテーブルに額をべったりつけて溶けていた。
「ほら二人とも、いつまでもテーブルに張り付いてると、店のカギ閉めちゃうわよ」
店の最後の点検が終わったのか、店長のハスキーな声が背中から聞こえた。うちの店長、女性にも男性にも人気の高い『オネェさん』。
「無理っスー。足、動かないっスー」
俺の横で、俺と同じように電池切れになっている先輩が唸り声をあげた。
「あ、そうそう、店の新年会のビンゴ景品なんだけど、何がいいかしらね? 年末の売り上げ良かったら、資金奮発してくれるって社長が。他のスタッフは…」
「「肉!!」」
ごそごそと聞こえる音から察するに、帰り支度をしているであろう店長からの質問に、俺と先輩はそのままの体勢で即答した。
「会場、焼き肉屋なのに?」
「「肉!!酒!!」」
「… あんた達、こういう時は息ピッタリよね」
いやいや、この状態なら肉でしょう。酒でしょう。明日へのエネルギー源しか浮かんでこないでしょうよ。
「それにしても… 高橋、彼氏できても色気ないわね~」
「ん? 彼氏できた? いたろ、彼氏?」
店長の口からサラっと出た一言に、隣の先輩が反応した。声が頭の上から聞こえるから、上半身起こしたか?
「いつの話っスか? あの馬鹿だったら、とっくに別れました」
あっちも、忙しいだろうから、ちょっかい出してくる暇なんてないだろう。それが救いだな。
「え!? 何? 新しい彼氏? お前に? …物好きって、結構いるもんだな」
「否定しませ~ん」
実際、人生で最初で最後のモテ期だろう。しかし・・・
「こんだけ忙しかったら、会う時間もないっス…」
「え? お前の寝言じゃなくって? マジで?」
いい加減、頭の上でぎゃんぎゃん言われてウザったくなってきた。
「寝言じゃないっスよ」
「えー… お前とキスしたがる男、居るんだ」
キス… その単語に、頬に触れた大きな手と、俺を優しく見つめる瞳が近づいてきて… 思い出した。
そうだ、あの時、もう少しで明さんとキスするところだったんだ。キス…
「てぇんちょぉ… キスって、どんな感じスか?」
額を上げて、今度は顎をテーブルにつけた瞬間、店長と先輩の固まった顔が視界に入って来た。金の短髪頭の先輩の三白眼と、店長のスクエアー型眼鏡の奥の目が、これでもかっていうぐらい見開かれている。
「… 高橋、この時期にインフルエンザは勘弁してよ?」
「昼… 食ってないから、朝か? 朝飯、変な物食ったか?」
店長と先輩が口々に失礼なことを言いながら、俺のおでこに手を当ててきた。
「インフルでも、食あたりでもないっスよ」
まぁ、二人の気持ちはよくわかる。俺でも同じこと思う。
「ま、もう学生じゃないんだから、いいんじゃない? って言うか、学生以下の進行状況ね。
… そうね、そんな初々しい後輩に、優しい先輩がプレゼントをあげちゃう」
そう言って、店長は俺の目の前に二枚の細長い紙を垂らした。
「なんスか?」
確り体を起こして、その二枚の紙を受け取った。