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第15話  『特別』

6・『特別』


 開店準備は午前八時。シャッターを上げるのが九時。昼飯を食う時間なんてなく、シャッターを下ろしたのが二十二時過ぎ。そこから掃除に一時間。いつもの土日なら有り難いが、どこから客が湧いて出てくるんだと思い始める師走しわす中盤ちゅうばん


「飯ぃぃぃぃぃ~」


 何とか部屋の鍵を開ける。ソファに倒れ込んで、座らせている俺とほぼ同サイズのどでかいクマの縫いぐるみの毛並みを顔に感じてホッとする。ソファのすぐ下、床に落ちている毛布を手探りで引き上げてまるまれば、もう動けない。


 腹は減っているが、もう動きたくない。


「酒ぇぇぇ~ いや、水分… いや、やっぱ酒ぇぇぇぇぇ~」


 この空きっ腹に酒はまずい。そう、せめて水分は取らなきゃ。でも、酒飲みたい… いつだっけ? 最後に水分とったの? 昼抜きだから、朝飯の時が最後か? トイレも行ってないな… だからこの業界、膀胱炎や痔持ちが多いんだよなぁ。それ、離職率にも繋がってんのかなぁ? この時期に見習いでも辞められたのはキツイ。ってか、出勤してこないってなんだよ。部屋空っぽって、夜逃げじゃねぇか。一階だから、荷物運び出し易かったのかなぁぁぁ…


「寝みぃぃ…」


 俺、よく頑張った。明日と明後日は連休だから、ゆっくり湯船に浸かりたいけど、シャワーだけでもいいか。シャワーの前に、五分だけ寝たい。

五分だけ…


 なんて、記憶があったのはそこまでだった。


 「生き返る~」


 朝風呂最高。たっぷりのお湯、最高。最近、帰宅したらソファで寝落ちして、朝にシャワーのパターンだったから、湯船につかれるのは本当に嬉しい。そう、最近はソファで寝起きが常なのに、今朝はベッドで目が覚めた。

ベッドに移動した記憶はない。ついに、夢遊病か? 流石に、服は着替えてなかったけど。

 まぁ、夢遊病云々は年明けに悩むことにして、今日と明日は年内最後の休みだ。有意義に使いたい。とりあえず…


「会いたいな…」


 あきらさんに、会いたい。あの日、俺が熱を出したり、一史が来たり、実家に呼び出されたりと色々あったけど、あの日から会ってない。

何日だ?


「一ヶ月かぁ… 忙しくなるから、しばらくカット練習出来ないって言っちゃったしなぁ。

明さんのお願いって、何だったんだろう?」


 色々バレちゃったな。前にも呑み屋で、男とやりあっていたの見られたし… 一史に殴る蹴るおまけに暴言吐いているのも、バッチリ見られてたし。引いたよなぁ絶対。嫌われたかなぁ… でも、嫌ってないって言ってくれた。呆れたとは言われたけど。


「あ、駄目だ」


 胸がきゅ~って痛くなって、涙が出てきた。


「会いたいなぁ… 明さん」


 湯船に浸かったまま泣いたせいか、軽くのぼせた。バスタオル一枚体に巻いて、冷蔵庫から冷酒の小瓶を取り出して、ソファに座ってクマの縫いぐるみにより掛かって目を閉じる。肌に触れる毛の感触がとっても気持ちいい。


「ずいぶんと、大きなクマだね。

ラッパ飲みは駄目だよ。はい、お猪口ちょこ


「え~、お猪口面倒くさい。

 このクマ、大きいっしょ? 皆が、今年の誕生日プレゼントに買ってくれたんだ。そっくりだ… からって… え?」


 不意に降ってきた声に、上機嫌に答えながら声の主に気がついた。


「明さん…」


 目を開けると、ぬっ… と、ソファの後ろから明さんが覗き込んでいた。摘まむようにして顔の横に掲げているお猪口がめちゃくちゃ小さく見えた。


「暖房入れたばかりだから、まだ寒いでしょ? また、風邪引いちゃうよ」


 その言葉に、自分がどんな格好か思い出して、慌てて部屋に引っ込んだ。


「さくちゃん、勝手に上がってゴメンね」


 ドア越しの明さんの声を聞きながら、とりあえず着替える。


「俺は全然構わないんだけど… 鍵、開けっ放しだった?」


 いやいやいやいや、構うだろ! こんな格好! ミオみたいなナイスバディならいざ知らず、忙しくて筋肉すら落ちた凸凹の少ない貧素な体だぞ!

いやいやいや、それより、防犯意識は確りしているつもりだったんだけど、鍵閉め忘れたか?


 なんて頭の中で忙しく考えながら、いつもの服を手にとって、ちょっと固まった。


「しっかり、開いていたよ。約束してないのに、急に来てゴメンね」


 来てくれたのは、単純に嬉しい。だからか、いつもの服じゃなくって、誕生日プレゼントでミオから貰ったモフモフした白の部屋着に、ソロソロと袖を通し始めた。



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