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第13話 親父娘か乙女か(笹瀬一史という男2)

「無理」


 その一言を残して、さくちゃんは空いたグラスを片手に、ジュースバーへと向かった。


二人前の五目饂飩ごもくうどんは、綺麗に完食されていた。


「二人の問題だから煩くは言わないし、さくにも悪いところあったのは知ってるから、一史かずし一人が悪者だとは思ってないけれど、咲にとって一史はもう『過去』になってるの。一史も後ろ見てないで、前向きなね」


 そう優しく声をかけて、大島さんもジュースバーに向かった。残された男三人… 何だか気まずいな。


「…だって、大きい胸って魅力的じゃないですか。フワンフワンのマシュマロは男のロマンじゃないですか。フワンフワンに包まれたいじゃないですか、ねぇ?」


 って、僕に聞かれても…


「それは、認める」


 認めるんだ、航大こうた


「二年間付き合ってて、手だけですよ! 手だけ!年頃の男女なのに、ほっぺにチューも無し!手だけ繋いで満足しろって… 今どきの小学生だって、もう少し進んでますよね?」


 そんな、悲哀な顔を向けられても…。


「ああ、それはお気の毒様。同情の余地はあるね。でも、あの子じゃぁ色恋沙汰を求めるのも難しいんじゃないの?」


 航大の言葉に、笹瀬君はちょっとだけ頬を緩めた。


「まぁ、ああ見えて、すごく照れ屋なんで、手をつなぐのも大変だったんですよ。男の筋肉見るのは大丈夫だし、それどころか一緒になって筋肉自慢するのは大丈夫なくせに」


 それは彼にとっては甘酸っぱい思い出なんだろうけれど、僕にとっては胸が痛くなるものだった。


「想像つく。恋より、仕事って感じだもんな。まぁ、恥ずかしがったのは、ちゃんと恋愛対象として見てくれてたからじゃないのかい?」


 そんな僕の心情を察してか、航大が酒を呑みながらチラッと僕を見た。


「そう、だったんですかね?でも、年頃のボクとしては、仕事第一! は、やはり心身ともに寂しいわけで… だから、ボク聞いちゃったんですよね」


「ああ、あのセリフ言っちゃったの?」


「はい。言っちゃいました『ボクと仕事、どっちが大切?』って」


「で、捨てられたと」


「いえいえいえいえ、その時は無言で殴られて終わりです」


「… 君、マゾなの? ここ来る前にも殴られて足蹴にされたって聞いたし、さっきは冷たくあしらわれて… それでもまだ、より戻したいの? まぁ、彼女も君に対してはDV気質があって、それも気持ちよく受け止められているならお似合いだとは思うけどね」


 何故か、照れたように笑いながら訂正した笹瀬君を、航大はマジマジと見ながら呆れてように言った。


「マゾとは違うと思いますよ。痛いことされて、気持ちよくはなりませんから」


「じゃあ、なんであんな態度取られてまでより戻したいの?」


「ご飯美味しいですし、地味料理ですけど。給料の管理もしてくれるし、頼めば朝起こしてくれるし、女遊びしても怒らないし。あ、お金使いすぎると怒られますけど」


 イラッとした。それじゃぁ…


「それじゃぁ、まるでお母さんじゃん」


「違いますよぉ~。母親に、手をつなぐ以上の事をしたいと思います? まぁ、胸がねぇ~。胸があと最低ツーサイズぐらいアップすればねぇ~」


 僕の気持ちを、航大が言ってくれた気がした。けれど、返ってきた言葉に、イライラが限界に達した。


「君に、あんなに素敵な人は勿体ない」


「アキ?」


 静かに言いながら、自分とさくちゃんの代金として、一万円札を航大に渡して立ち上がった。


「自他共に認めるオジサンぶりですよ?酒、タバコ、パチンコ、麻雀、口は悪いし暴力的だし…」


 ふてくされた口調で、笹瀬君がブチブチ呟き始めた。


「タバコ、パチンコ、麻雀は止めたみたいだよ。暴力だって、僕には一度もない。確かにさくちゃんは口は悪いけど、情に熱くて正義感強くて、暴力だって見境がないわけじゃない。仕事だって熱心だ。十分、魅力的じゃないか。

 君はそんなさくちゃんともう一度付き合いたいと思っているんだろう? それなのに、随分と酷い言い草だな。」


 そして、笑顔がとても力強くて眩しい。


「工藤さんでしたっけ? もしかして、さく…」


「僕も、君に彼女の名前を呼んでもらいたくない。航大、後でLINEする」


 笹瀬君の言葉に被せて言い切ると、自分とさくちゃんのボディバックを持って、背中に航大のお疲れさんの言葉を受けながらテーブルから放れた。


「さくちゃん、呑みに行こう」


 ジュースバーで、大島さんと話をしながら順番を待っていたさくちゃんの腕をとって、軽く引っ張った。


「明さん?」


「ごめんね、大島さん。ちょっと、さくちゃんと呑みに行ってくる」


 「はい、どうぞ」と、隣りにいた大島さんは、さくちゃんの手からすんなりグラスを取ってくれたので、お礼を言って戸惑っているさくちゃんを引っぱって店を出た。

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