各自のオーダーの品が次々と並べられ、取り分けしようと頼んだ料理も来ると、テーブルに隙間がなくなった。それを見て、さくちゃんは「いただきます」と、箸をセカセカと動かし始めた。
「あ、こないだの忘年会、飯うまかった?」
さくちゃんの食べっぷりは病み上がりとは思えないほど良く、
「美味しかったわよ。特に、餃子」
大島さんはそんなさくちゃんのお皿から、ウズラの卵を取って食べた。
「あ、あそこの餃子、たしかに美味しいね」
会話には参加するものの、航大はさくちゃんの食べっぷりに押されて、箸が動かないようだった。
「三上さん、合コンで餃子食べるんですか? 見かけ、滅茶苦茶ナイフとフークな感じなのに?」
そう言う大島さんは、早くも二本目のボトルだ。もちろん、笹瀬君が当たり前のようにオーダーしていた。
「あの日は、アキに合わせたセッティング」
「「納得」」
食事をしながらも、会話と酒が進む。僕とさくちゃんは食が進む。
「じゃぁ、新年会もあそこで。俺も、その餃子食いたい」
言いながら、さくちゃんは自分と大島さん用に餃子を取り、そのうちの一個を素早く頬張った。
「え~、新年会は、小洒落たお店にしようと思ってるんだけど」
「だから、俺もあそこの餃子食いたいんだってば。タイミングと財布的に、年内の外食は今日が最後だよ、きっと。あ、部活の忘年会があった」
「そんなの知らないわよ。あの日、帰っちゃった
大島さんは、当たり前のようにそのチーズを半分に割って、さくちゃんの取皿に乗せた。
「お前さぁ、今、それ蒸し返す? あ、ホントだ、うまい」
「サンキュ~」と短くお礼をして、不服そうな声を上げながら一口でチーズを頬張ると、ちょっと目尻が下って、ちょっと口の端が上がって、可愛い声に戻った。
「あの…」
それは、蚊の鳴くような声だった。
「なぁなぁ、これ、もう一回頼もう」
「じゃぁ、ついでにチリソースの方も頼んじゃおう」
「
その声は、誰にも届いてないようだった。
「体小さいのに、結構食べるね」
航大は、ようやくさくちゃんの食べっぷりに慣れてきたようだ。
「あの…」
「だから、体力勝負なんスよ」
「話を聞いてくれよ!」
今まで蚊の鳴くような声だったけれど、気がついてもらえないからか、笹瀬君が大きな涙声を上げた。
「さっきも言っただろう。時間の無駄だし、せっかくの飯が不味くなる。
第一、なんで付いて着たんだよ」
すごく、低くて冷たい声と冷たい視線だった。さくちゃんは箸を置き、代わりに何かを探すように右手が左右に動いた。
「あ、灰皿ね」
その手の動きにすぐに気がついて、笹瀬君はいつもしていたんだろう、慣れた感じに店員さんを呼ぼうと手を上げた。
「いらねぇ。タバコはもう辞めた」
そんな笹瀬君を見て、ピタッとさくちゃんの右手が止まった。
「ってか、さっきまで熱出して寝込んでたんだから、吸えるわけねぇだろう」
「食欲は凄いけどな」と、航大の呟きと、「前は吸ってたじゃん」と言う笹瀬君の呟きは聞かなかったことにした。
「あ、あのさ、咲良…」
敵意剥き出しのさくちゃんの態度に、それでも笹瀬君はオズオズと食い下がった。
「お前に、その名前で呼ばれる筋合いはない」
「さく…」
「呼ぶな」
情けない声に、さくちゃんのよく冷えた低い声がピシャリと重なった。
「あのさぁ
大島さんに諭される様に言われ、笹瀬君は口を閉じた。が、それは一瞬のことだった。
「ごめんなさい。ボクが悪かったです~。もう、合コンも行かない、ナンパもしない。だから、もう一度やり直して欲しい!!」
勢いよく頭を下げて、笹瀬君は懇願した。