さくちゃんがお風呂に入っている間、見知らぬ青年… 多分、昔の彼氏であろう人と、玄関で言葉なく待っていた。
その時間、約二十分。
その間に元々約束していたらしく、先日の合コンで会ったさくちゃんの友人が来て、僕にだけ会釈をして部屋へ入って行った。僕は僕で、
この店で、席が空くのを待っている間に航大はやってきた。さくちゃんの下宿部屋に一番近いファミリーレストランは、この近所では唯一らしく、客層は違えどいつ来ても混んでいる。ちょうど夕飯時の今は平日ということもあって、ファミリー層よりも学生が目立つ。僕たち五人は、店の一番奥の六人がけの円卓に通された。
「さてと… 自己紹介からね。
ここでようやく、さくちゃんのお友達主導の元で会話が始まった。ここまで、会話という会話は、さくちゃんのお友達と交わした挨拶だけだった。
「改めまして、咲の友人の大島
少し大人っぽい大島さんは、さくちゃんの右隣。
「工藤
僕は、さくちゃんの左隣り。
「工藤明の友人、三上航大。歯科医」
僕の左は航大。
「
航大と大島さんの間、さくちゃんの斜め前に、笹瀬君が座った。
「はい、お疲れ~」
オーダーした食べ物が来る前に、大島さんのコールで乾杯した。三人はアルコールだけれど、明日の朝から仕事のある僕と、病み上がりのさくちゃんはジュースだ。
「まず… どうしてこうなった?」
グラスの赤ワインを一気に半分空けて、大島さんが口火を切った。
「情けないことに、わからん」
健康的に野菜ジュースを飲みながら答えたさくちゃんは、説明を求めるようにこっちを見た。
「実はあの合コンの次の日、ちょっと心配になって仕事の終わり頃様子を見に行ったら、ちゃんと仕事していたんだよね。せっかくだから、夕飯を一緒にと思ってバックヤードで待っていたら、お店のシャッターが閉まった瞬間に倒れちゃってね。で、マスターがさくちゃんの部屋の合鍵を貸してくれたんで、連れて帰りました」
説明しながらその時の光景を思い出して、糸が切れたように… って、ああいった状態を言うんだろうな。と、妙に納得してしまった。
「マスター、合鍵持ってるの?」
大島さんのグラスが完全に空いた。
「あのボロアパート全部、店で借りてるから。万が一の時のために、マスターキーは全部マスターが持ってる。うちらが持ってるほうが、合鍵」
「2DKだっけ?」
すかさず、笹瀬君は確認せずに大島さんの二杯目をオーダーした。今度はボトルで。
「そうそう。先輩が結婚するからって、家具のほとんど置いて出てくれたから、すんげー助かった。専門から一緒に入店した友達と一緒だったから、一部屋づつだったけど」
「その専門からの友達も結婚して、実家に帰っちゃったんだっけ?」
「跡取り娘だったから、お店の先輩を婿にしました。メチャクチャ料理上手だったから、見習いの給料でも豊かな食生活をおくれてたのに…」
タイミングが良かったのか、大島さんのワインボトルがすぐに来た。さくちゃんが並々と注ぐと、大島さんは水の様にスルスルと飲んでいく。
「今、二部屋使ってんの?」
「んにゃ(いや)。女性の新人さん来たら、そこに入るから。空き部屋のまんま。
明さん、ありがとう。仕事は?」
さくちゃんは大島さんと話した後、いつもはキッと上向き加減の眉を目尻と一緒に下げて、申し訳無さそうに僕を見上げてきた。そんなさくちゃんの頭を、思わず撫でた。
「大丈夫。さくちゃんには悪いなと思ったけれど、ちゃんと行ったよ。マスターからお借りした鍵、その度に店長さんに渡したり借りたりしたけれどね。しばらく持っていていいって言われたけれど、そこはケジメ付けなきゃね」
「悪くない。全然、悪くない。逆に、すみませんありがとうございました」
ホッとしたような表情で、さくちゃんは深々と頭を下げた。
「で、咲は丸一日寝ていたわけね。それじゃあ、私のLINEも未読なわけだわ、納得。
では、そちらの… 三上さんは?」
「俺? 俺はアキと夕飯の約束していたんだけど、LINEでこれから修羅場だって言うから、来てみた」
「工藤さん、寂しがりやさんしょっちゅう、誰かと食事の約束してますね」
「いや、たまたま、重なっただけ。忙しい時は、三ヶ月ぐらい誰とも会わないし。
アキとは子供の時からの友達だから、居心地いい? っていうのもあるのかな」
「あ、工藤さん、先日の私達の忘年会の会費、咲から回収しました?」
「え、明さん、建て替えてくれてたの?ゴメン!!」
慌てて財布を出すさくちゃんの前に、料理がドン! と置かれた。
「病み上がりには、キツイんじゃないの? 量的に」
さくちゃんの前に置かれた、二人分は軽くある大盛りの五目饂飩を見て、航大が少し引いた。
「これ、いつも通りっすよ。これからの時期、体力勝負っすから。
明さん、遅くなりました」
「たいしたことないっすよ~」 と言いながら、さくちゃんは僕にお金を差し出してきた。「しまって」 と言っても聞いてくれないだろうから、大人しく受け取った。