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第11話 親父娘か乙女か(笹瀬一史の登場)

 さくちゃんがお風呂に入っている間、見知らぬ青年… 多分、昔の彼氏であろう人と、玄関で言葉なく待っていた。


 その時間、約二十分。


 その間に元々約束していたらしく、先日の合コンで会ったさくちゃんの友人が来て、僕にだけ会釈をして部屋へ入って行った。僕は僕で、航大こうたと約束をしていたのを忘れていて、お叱りのLINEが来たものの、状況説明のLINEを送ったら…


 この店で、席が空くのを待っている間に航大はやってきた。さくちゃんの下宿部屋に一番近いファミリーレストランは、この近所では唯一らしく、客層は違えどいつ来ても混んでいる。ちょうど夕飯時の今は平日ということもあって、ファミリー層よりも学生が目立つ。僕たち五人は、店の一番奥の六人がけの円卓に通された。


「さてと… 自己紹介からね。さくは置いといて…」


 ここでようやく、さくちゃんのお友達主導の元で会話が始まった。ここまで、会話という会話は、さくちゃんのお友達と交わした挨拶だけだった。


「改めまして、咲の友人の大島美緒みおです。本屋の看板娘やっています」


 少し大人っぽい大島さんは、さくちゃんの右隣。


「工藤あきらです。タクシー運転手しています」


 僕は、さくちゃんの左隣り。


「工藤明の友人、三上航大。歯科医」


 僕の左は航大。


笹瀬一史ささせかずしです。理容師しています」


 航大と大島さんの間、さくちゃんの斜め前に、笹瀬君が座った。


「はい、お疲れ~」


 オーダーした食べ物が来る前に、大島さんのコールで乾杯した。三人はアルコールだけれど、明日の朝から仕事のある僕と、病み上がりのさくちゃんはジュースだ。


「まず… どうしてこうなった?」


 グラスの赤ワインを一気に半分空けて、大島さんが口火を切った。


「情けないことに、わからん」


 健康的に野菜ジュースを飲みながら答えたさくちゃんは、説明を求めるようにこっちを見た。


「実はあの合コンの次の日、ちょっと心配になって仕事の終わり頃様子を見に行ったら、ちゃんと仕事していたんだよね。せっかくだから、夕飯を一緒にと思ってバックヤードで待っていたら、お店のシャッターが閉まった瞬間に倒れちゃってね。で、マスターがさくちゃんの部屋の合鍵を貸してくれたんで、連れて帰りました」


 説明しながらその時の光景を思い出して、糸が切れたように… って、ああいった状態を言うんだろうな。と、妙に納得してしまった。


「マスター、合鍵持ってるの?」


 大島さんのグラスが完全に空いた。


「あのボロアパート全部、店で借りてるから。万が一の時のために、マスターキーは全部マスターが持ってる。うちらが持ってるほうが、合鍵」


「2DKだっけ?」


 すかさず、笹瀬君は確認せずに大島さんの二杯目をオーダーした。今度はボトルで。


「そうそう。先輩が結婚するからって、家具のほとんど置いて出てくれたから、すんげー助かった。専門から一緒に入店した友達と一緒だったから、一部屋づつだったけど」


「その専門からの友達も結婚して、実家に帰っちゃったんだっけ?」


「跡取り娘だったから、お店の先輩を婿にしました。メチャクチャ料理上手だったから、見習いの給料でも豊かな食生活をおくれてたのに…」


 タイミングが良かったのか、大島さんのワインボトルがすぐに来た。さくちゃんが並々と注ぐと、大島さんは水の様にスルスルと飲んでいく。


「今、二部屋使ってんの?」


「んにゃ(いや)。女性の新人さん来たら、そこに入るから。空き部屋のまんま。

 明さん、ありがとう。仕事は?」


 さくちゃんは大島さんと話した後、いつもはキッと上向き加減の眉を目尻と一緒に下げて、申し訳無さそうに僕を見上げてきた。そんなさくちゃんの頭を、思わず撫でた。


「大丈夫。さくちゃんには悪いなと思ったけれど、ちゃんと行ったよ。マスターからお借りした鍵、その度に店長さんに渡したり借りたりしたけれどね。しばらく持っていていいって言われたけれど、そこはケジメ付けなきゃね」


「悪くない。全然、悪くない。逆に、すみませんありがとうございました」


 ホッとしたような表情で、さくちゃんは深々と頭を下げた。


「で、咲は丸一日寝ていたわけね。それじゃあ、私のLINEも未読なわけだわ、納得。

 では、そちらの… 三上さんは?」


「俺? 俺はアキと夕飯の約束していたんだけど、LINEでこれから修羅場だって言うから、来てみた」


「工藤さん、寂しがりやさんしょっちゅう、誰かと食事の約束してますね」


「いや、たまたま、重なっただけ。忙しい時は、三ヶ月ぐらい誰とも会わないし。

 アキとは子供の時からの友達だから、居心地いい? っていうのもあるのかな」


「あ、工藤さん、先日の私達の忘年会の会費、咲から回収しました?」


「え、明さん、建て替えてくれてたの?ゴメン!!」


 慌てて財布を出すさくちゃんの前に、料理がドン! と置かれた。


「病み上がりには、キツイんじゃないの? 量的に」


 さくちゃんの前に置かれた、二人分は軽くある大盛りの五目饂飩を見て、航大が少し引いた。


「これ、いつも通りっすよ。これからの時期、体力勝負っすから。

 明さん、遅くなりました」


 「たいしたことないっすよ~」 と言いながら、さくちゃんは僕にお金を差し出してきた。「しまって」 と言っても聞いてくれないだろうから、大人しく受け取った。

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