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第10話 親父娘か乙女か(咲の発熱)

5・親父娘か乙女か(咲の発熱)


 プレゼントを貰うのは嫌いじゃない。ただ、「好きなものを選んでいいよ」と言われるよりも、相手が選んでくれたものが良い。その人の大事な時間を、俺を思って選んでくれたのが嬉しいから。だからこの前、あきらさんが濡れたパーカーの代わりに服を買ってくれようとした時…


 自分で選んだら、いつもの自分だけど、弟のままなんだろうな。明さんが俺好みのモノを選んだら、それもやっぱり弟なんだな。って、実感しちゃうだろうし、女の子っぽいモノや大人っぽいモノを選んだら… あの呑み屋に居た合コン相手と比べられているような、今の自分自身を否定されているような… 


 とにかく、嫌だった。だから、あの時掛けてくれた明さんの上着がとても嬉しくて、返すのを忘れた振りをした。下宿先まで送ってもらって、玄関先で別れたけれど、明さんの上着を着たまま部屋に入ってしまった。


「あ~… 頭いてぇぇぇぇぇー… その上、嫌なこと思い出したぁぁぁぁ…」


 起きたら、下宿部屋のベッドの上だった。


 呑み会の次の日、明さんの予言通り風邪引いた。朝は平気だったけど、開店一時間ほどしたら喉痛い・頭痛い・関節という関節が悲鳴を上げた。


 師走しわす間近の昼飯食う時間がない日曜日。死ぬ気で仕事して、実際、仕事終わりから今までの記憶がない。店から徒歩二分の距離の下宿部屋だけど、どうやって帰って来たのか覚えてない。


「本能の為せる技か?」


 ベッドの頭の棚に、飲みかけの水の入ったグラスと市販の風邪薬があるから、昨夜の俺、ちゃんと飲んだんだな。俺ってば偉いじゃん。まぁ、玄関開けて数メートル先の部屋のドア開ければ、ベッドなんて倒れればいいことだし…


「今日が休みで良かった… って…」


 水を飲もうと、ペットボトルに手を伸ばして気がついた。俺、仕事着の上に明さんに借りた上着を着たまま寝ていた。


「どんだけ無意識なんだよ…」


 ベッドの上で体育座りして、上着に顔をうずめたけど、明さんの匂いがだいぶ薄れてきてた。


 寂しいし、胸が痛いなぁ…。


「あ、さくちゃん起きた? 軽いものなら食べられそう?」


 明さんの上着に頭をうずめていたら、部屋に明さん本人が入ってきた。


「幻… あ~… 熱、上がったか? 寝よ」


 幻を見るほど、熱上がったか~。


 寝よう。うん、寝るのが一番。


 そのままの格好で、モソモソと布団の中に戻って目をつぶった。


「体、しんどい?」


 優しい声がして、額に大きな手が置かれた。その大きさと熱さが気持ちよくって、そのまま寝落ちした。


 次に目を開けたら、部屋は薄暗くって、ベッドの隣で明さんが座ったまま寝ていた。気分や頭はスッキリしているけど、それ以外のことがさっぱり分からない。全然、分からない。でも、このままだと明さんが風引いちゃうことだけは分かる。かと言って、明さんを抱き上げてベッドに入れる怪力は、俺にはない。


「これで、大丈夫かな?」


 着ていた明さんの上着を脱いで、窓際のハンガーにかけてから思った。

使っていた布団は絶対汗臭い、と。

 とりあえず半纏はんてんを掛けてみたけれど… 当たり前だけど俺のサイズじゃ、全然足らない。膝辺りからなら、臭わないかな? と思い、結局、布団を掛けた。

 明さんの手に触りたくて、布団をかけたついでにちょっとだけ、本当にちょっとだけ人差し指で触れてみた。指先が、熱くなった。


「…ん? さくちゃん、大丈夫?」


「あ、悪い明さん、起こしちゃった。今日、仕事?」


 びっくりして、勢いよく手を引っ込めた瞬間、すぐ横の部屋のドアが空いた。


咲良さくら~、話しがあるん…」


 声を聞いた瞬間、条件反射で体が動いた。左手でそいつの胸ぐらを掴んで自分の視線まで引き落とし、右の拳が空を切った。


「ぐベあがっ…!」


 拳に確かな感触と、大の男が倒れ込む音が響いた。


「なんで、殴るんだよぉ~」


うるせえ。テメー、不法侵入だろうが。このまま警察呼ぶぞ」


 低く掠れた声が俺の口から洩れた。足元に転がっている体を思いっきり踏みつけると、潰されたカエルみたいな声がした。


「だから、話しを聞いてよ、咲良…」


 同い年なのに、五つは年上に見える。固くて黒い髪をベリーショートにして、切れ長の目に涙をためて、大きな口はワナワナと震わせながら、大きめな体を起こそうともせずに俺を見上げていた。


「テメーの泣き言は、散々聞いてやっただろう?」


 もう一発! 今度は蹴り上げようとして足を上げた瞬間、後ろから羽交い締めにされた。


「さくちゃん、落ち着いて。熱、上がっちゃうよ。それに、過剰防衛になるって!」


 羽交い締めと言うか、体格差があるからしょうがないんだけど、足が床から放れてプラプラしてた。頭に昇ってた血が、一気に下がった。


「とにかく、お前の話を聞くのは時間の無駄だから、ヤダ」


「そんな事言わずにさぁ~」


 冷たく言い放つと、半べその上目つかいで見てきた。


「気持ちわりい!」


 正座して拝まれて、思わず右足で顎から蹴り上げた。


「さくちゃん!!」


 慌てた声で、明さんが下った。から、もう足も届かない。


「あのさ、話しだけでも聞いてあげたら?」


 ポソっと優しい声で耳打ちされた瞬間、背中がゾクゾクして、体中の力が抜けた。


「あ、あき… 明さん、コイツ…」


 顔を上げた瞬間、明さんの顔が今までで一番近くて、一気に顔が熱くなった。熱くなって、思い出した。


「だめ!!!!!」


 叫んで、思いっきりジタバタして、たくましい腕から逃げ出した。


「ダメダメダメっ俺、今汗臭いし油臭い!」


 そう叫んで、風呂に走って逃げた。


 あんだけ熱出して寝てたんだ。絶対、二日間は風呂はいってない! 汗もそうだけど、出ちゃいけない油もでてるよ~。絶対、臭くなってる! 親父と同じ匂いしてるはず!


「二人とも、玄関待機!!」


 それだけ叫んで、いつもより高い温度のシャワーを勢いよく浴び始めた。


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