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第9話・初めて触れた熱(咲・3)


 何だろう、この胸の痛み。ズキズキ痛くて、息がうまく出来ない。ゲームセンターの音は慣れているのに今日に限って五月蠅いし、お気に入りの格闘ゲームは画面に集中出来なくて、お気に入りのキャラが対戦相手にボコボコにされるのに時間は掛からなかったし、今だってクレーンゲームのアームに、景品の縫いぐるみは引っかかりもしなかった。まぁ、クレーンゲームは元々苦手だけど。


 俺、バカみてぇ… ただ、あそこにあきらさんが居ただけじゃねぇか…


「あのバカだって、合コンぐらいしてた」


 アイツが合コンやナンパしてたって、別になんとも思わなかったじゃねぇか。明さんだって良い年した男なんだから、彼女が居なけりゃ合コンぐらい… 俺は、明さんの彼女じゃねぇんだから。合コンなんだから、女の人と呑むのが当たり前じゃんか…


 なんて、グルグル低迷する思考に気持ちが参って、思わずクレーンゲームのガラスにオデコを付けた。


 あの女の人、綺麗だったな…


「縫いぐるみが好きだなんて意外だね。て言ったら、怒るかい?」


「… あ」


 聞き慣れた声に勢いよく振り返ると、肩で息をしている明さんが立っていた。


「どれ? 狙っていたの」


 明さんは呼吸を整えながら俺の隣に来て、クレーンゲームを覗き込んだ。大きな体を、背中を目一杯曲げて、俺の隣で俺と同じ高さになってくれた。けれど、俺の視界には、クレーンゲームなんてはなから入ってない。


 嬉しい。どうしよう、嬉しい。横顔、かっこいいなぁ… 違う違う、そうじゃなくて… でも、なんて言えば良いのか、どんな顔すればいいのか、どうすればいいのか、全然わからない。

 俺、どうすればいい?


「さくちゃん?」


 こっちを向かれて、反射的に俺はクレーンゲームの方を向いた。


 どうしよう、頭ん中グチャグチャだし、何か恥ずかしくて明さんを正面から見れない。


「あ… なんで、ここ… 明さん、合コンだろ?」


「さくちゃんの友達が、ここに行くだろうって教えてくれたんだ。合コンはね、友人に無理やりセッティングされて。でも、気分悪くなって帰ろうとした所だったんだ」


「気分悪いって、風邪ひいた? 明日仕事なら、こんな所に居ないで帰った方が…」


 ゲーム機のガラス越しに盗み見る明さんは、いつもと変わりがなさそうに見える。


「さくちゃんが帰るなら、僕も帰るよ。それに…」


 ツンって、パーカーの袖が軽く引っ張られた。


「雨で濡れてるビショビショじゃないけど、この時期は風邪ひいちゃうよ」


 袖は掴まれたまま。視線も感じる。めちゃくちゃ見られているって分かる。恥ずかしくて、顔をあげられない。どうしよう、動けない…


「… 帰る。帰るから、明さんも帰って。明日の仕事に支障出る」


 それだけ言うのが、精一杯。もう、心臓がドキドキ煩い。


「良かった。なら、一緒に帰ろう。ああ、その前に…」


 そう言って、明さんはパーカーの袖から手を放して、代わりに俺の手を握った。


「えっ!?」


 握って、ちょっと強く引っ張って、歩き出した。繋いでくれた手が、大きくてゴツゴツしていて熱い。歩幅がいつもより大きくて、初めて明さんの大きな背中を見ながら小走りして… 嬉しかった。


「… 明さん、俺、金ないよ」


 明さんが連れてきてくれたのは、閉店時間間近の駅ビルのショップだった。すぐに、財布の中身が頭に浮かんだ。


「ちょっと早めの誕生日プレゼント。どんなのが良い?」


 誕生日、覚えてくれてたんだ。


 …でも、さっきの店で、明さんにくっついた女の人がちらついた。細くて胸もあって、化粧もしてて綺麗な人だった。今の自分と比べちゃって… 俺、なんだか惨めだ。


「ありがとう、明さん。でも、いいや…」


「さくちゃん? ああ、ほら…」


 パーカーは、そんなに濡れてないと思っていたのに、体温を奪うには十分だったみたいで、急に体が震えだした。そんな俺のパーカーをはぎ取って、明さんは自分の上着を掛けてくれた。


「体調管理も、仕事のうちだからね。新しい服がいやなら、せめて僕の上着を着て。送るから」


 そう言って、太い眉と目じりを下げて優しく笑ってくれた。一回放した手をまた握って、今度はいつもの歩幅で、俺と並んで改札に向かって歩き出した。左手には、俺からはぎ取ったパーカーを持って。


 明さんは、なんでこんなに優しくしてくれるんだろう? あの笑顔に、この繋いだ手の熱さに、包んでくれるこの匂いと残っている温もりに… 勘違いする…


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