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第8話・初めて触れた熱(明・2)

「びっ… くりした。あきらさん」


 やっぱり、さくちゃんだった。


「ごめんね、驚かせて」


 目を見開いて驚いた表情も、僕の顔を認識すると左頬にエクボを作って、八重歯をのぞかせて微笑んでくれた。相変わらず、化粧はしていない。まぁ、これまで一度も、化粧をした顔は見たことないけれど。


「珍しいね、今日は土曜日だよ。明日、仕事でしょう?」


 いつもと変わらない、ジーパンに黒のパーカー姿。自分を飾る物といえば、両耳の小さな赤いピアスだけ。鞄だって、グレーのボディバッグで、中身はいつもと変わらなければ、財布とスマートホンと読みかけの小説の三点セットだろう。


「一人呑みは、近所でしかしないよ。帰るの面倒じゃん。この店に先に五人来てて、俺最後なんだ。

 ほら、あと二週間もしたら忘年会シーズンで皆忙しくなるだろ? だから、仲間内は今やっちゃうんだ。明さんは?」


 髪も長くないし、控えめじゃない。とっても活発で、笑う時はちいさな口を大きく開けて、大きな声で笑う。何しろ… 腕っぷしが強い。


「付き合いで…」


 けれど、掴んだ肩はこんなにも細い。


「何年かぶりの合コンで…」


「あ、工藤さん、こんな所に居たぁ~」


 不意に、合コン参加者の女性の一人に後ろから抱きつかれて、柔らかな感触が背中に当たった。甘ったるい香水と酒の混ざった匂いが、少し良くなった気分をまた悪くした。


「ちょっ… 航大こうた、この人頼むよ」


 絡みついてくる感触と匂いに不快しか感じなくて、慌ててその女性を引っ剥がして、後ろに居るはずの航大に助けを求めた。


「… 合… コン。明さんも… 合コンするんだ」


さくちゃんの顔が曇っていた。声が、微かに震えた気がした。


「さくちゃん?」


「工藤さぁぁぁん~ 早くぅ~、もっと飲みましょうよ~」


「いや、僕はもう結構ですから。航大ぁ!」


 引っ剥がしても、タコのようにその女性は自分の体ごと僕に絡みつけ、くっついてこようとした。


「そうだよな! 明さん、結婚適齢期だもんな。いつまでも一人じゃあ、変な噂たてられちゃうもんね!」


 女性の対応に四苦八苦していると、いつもの、いや、いつもより軽い調子でさくちゃんがまくし立てた。


「明さん、変な所に居合わせちゃってごめん。大丈夫、邪魔はしないからさ、頑張って!」


 そう言って、さくちゃんはスルッと僕の前から逃げるように、お店から出ていった。


「え?! さくちゃん…」


「お前、バカなの? なに正直に合コンとか言っちゃうわけ?」


 そんな僕の横に、いつの間にか女性を確保し、僕の荷物を持った航大がグイグイと荷物を押し付けてきた。


「どれだけ親父かと思ったら、外見はまるっきり少年だな。ってか、めちゃくちゃ喧嘩慣れしてんじゃん。強いな」


 武道経験者だとは聞いていたけれど、実際に攻撃している姿を見るのは初めてだったし、さくちゃん本人からは、級も段も取らなかったし試合もあまり勝てなかったと聞いていたけれど… そう、強い。


「アキ、俺に恋愛相談持ちかける前に、全力で親父娘を口説き落としてこいよ。大丈夫、押して嫌がれたら、さっきの男みたいにやられるだけだ。yesかnoか、ハッキリ分かっていいじゃん」


 航大の言葉と手で背中を押され、僕は慌てて居酒屋を飛び出した。が、辺りを見渡しても、さくちゃんの姿はなく… 電話をしようとスマートホンを取り出して右手を見た瞬間、さくちゃんの肩の細さを思い出した。思い出して、気がついた。初めて、さくちゃんに触れたんだと。


「たぶん、駅前のゲームセンターだと思いますよ」


「うわっ! … 君は?」


 不意に、後ろから掛けられた声に驚き、慌てて振り返ると、胸があった。白いニットの胸元が、さぁ見てくれ! と言わんばかりにハート形に開いていて… 思わず見てしまったのはしょうがないよね。


「始めまして、さくの友人です。悪友とも言います。あら、降り出した」


 薄茶色の目で見上げながらそう言うと、その女性は手にしていたビールの大ジョッキを、一気に飲み干した。


「初対面の方に申し訳ないんですが、この時間にゲームセンターにいると、あの子完全に補導されるんで、連れ戻してもらえますか? 今日の会費、まだもらってないし」


 後者の理由が本音に思えてしょうがない。


「ああ、補導されるね」


 追い打ちを掛けるように、航大も現れた。


「ありがとう、追いかけるよ。それと… 足りる?」


 僕の今日の会費と同じ金額を、さくちゃんの友人に差し出したが受け取らなかった。


「咲は嫌がりますよ?」


「だろうね。でも、君たちも困るでしょ? だから、後でさくちゃんから、ちゃんと貰うよ」


「それなら」


 ニッコリ笑って、ようやく受け取ってもらえた。


「アキ、早く行け」


 そんなやり取りをしている間に、航大がタクシーを捕まえてくれていた。

二人にお礼を言ってタクシーに乗り込み、僕は駅に向かった。

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