「あのさ、見たことない顔してるよ? どうしたのよ」
食べる? と、ビックパフェの生クリームを一口分スプーンですくい、ミオは言いながら俺の目の前に突き出した。それを、片手で断る。
二日酔いに、ここのパフェの生クリームはキツイ。
「… いやさ、弟じゃなくて、せめて妹でいいから女性に見られたいなって、思う人が…出来た」
自分らしくないと思ったけど… 女として見られたい。
胸がズキっとした時、そう思ったんだ。そんな風に思うのは初めてで、気持ちも行動も戸惑ってる。
「でもさ、そもそも、『女らしく』ってのが分からないんだわ。いや、ミオやその他の友達とかの女らしいところはわかるけど… つまりだ、女らしくなった自分が想像つかない」
「
慌てて立ち上がったミオにそう言われ、渡そうと手にしていたライターを投げつけた。
「いったぁ… それだからね。その行動、女性じゃないから」
ライターがオデコにヒットしたミオは恨めしそうに俺を見ながら座り、テーブルに落ちたライターを自分の鞄にしまった。こんなやり取りをしていても、ミオはライターを渡した理由を分かってくれている。
「わぁってるって」
二日酔いの時、飲みたいのは赤味噌のシジミの味噌汁であって、珈琲じゃない。だけど、昨夜の愚行に呆れた母ちゃんは、味噌汁どころか朝食も作ってくれなかった。ので、このブラック珈琲が朝食になる。
小一時間程前に来た珈琲を、一気に飲み干した。
「いいんじゃない?」
「何が?」
いつもの調子で、ミオはパフェを食べるのを再開した。
「その顔」
「顔? 酒で
「違う」
パフェ用の長細いスプーンを、俺に向けた。
「咲に似つかわしくない、乙女の顔のことよ」
「… オカメ?」
「オ・ト・メ」
一言一言、力強く区切りながら、スプーンも動かす。
「ないわ~。俺の辞書に、『乙女の顔』なんて、ないわ~」
「良かったじゃない。その軽い頭、少しは重くなったでしょ?」
そう言いながら、ミオは鞄から折りたたみの鏡を出して俺に向けた。そこには、二日酔いで浮腫んだ、見慣れた顔が写っていた。
「目がね、違うよ。まっ、今は確かに二日酔いで浮腫んでていつもの半分になっているけれどさ。優しくなったよ。上がってた目尻が下がってる」
そう言われても、自分ではわからない。見慣れた浮腫み顔しか見えない。
「あの呑み会の日さ、お店に入ってきた時、雰囲気が違ったから何かあったんだろうな。とは思っていたんだけどね。いいんじゃない? いい傾向だと思うよ。あのバカと付き合ってた時だって、そんなに優しい目はしてなかったよ。いい恋してる証拠だよ」
「恋?」
そう言うと、ミオは優しく笑って頷いた。が、良いのはここまでだった。
「あと、一ヶ月ちょっとでクリスマスです」
その言葉とニヤっと笑った顔が何を意味するのか、すぐにピンときた。
「クリスマスは恋人のイベントじゃないだろうよ」
「あららら~、そんな信仰心ないくせに~」
からかうように笑いながら、ミオはスマートホンをいじりだした。
「仕事だ仕事。チビ共のサンタさんは、仕事で忙しい。知ってるだろう? その頃から、うちの業界は休み無し。稼ぎ時に色恋沙汰が入る余裕は微塵もありません。俺さ、二年連続で、年末で五キロ痩せたわ」
正月で戻したけど。
「しょせん、ブラック業界だもんね~。チビちゃん達のクリスマスプレゼント、今年は何にするの? 買い物付き合うよ?」
楽しそうな声と連動して、隣の椅子に置いた鞄の中で、俺のスマートホンが振動した。予想はつく。ため息を付いてスマートホンのLINEを開くと… 悪友のグループLINEに、ミオがアンケートを上げていた。まさに今、だ。
『クリスマスまでに、咲に彼氏ができるかどうか』
掛け金、五千円って… 高っ。
「さぁ、咲はどっちに掛ける?」
ミオは小馬鹿にしたように笑って、残ったパフェを食べ始めた。俺はグループLINEのアンケートの一つを、大きなため息をつきながらポチっと押した。