目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第3話・工藤明と三上航大

2・工藤明くどうあきら三上航大みかみこうた


 女の子から名刺を貰ったのは、初めてだった。だからと言うわけではなく、仕事に頑張る子を応援できるのならと、貰った名刺の番号に電話をしたのは名刺を貰った翌日の夜。仕事が終わってからだった。電話を通して聞こえた可愛らしい声は、何処か緊張しているようにも聞こえた。


 『高橋咲たかはしさく』ちゃんは、高校生に見えるぐらい幼さが残るボーイッシュな見かけだけれど、タバコ・お酒・賭け事がイケる二十一歳の女性だった。

 タバコは吸うけれど匂いを嫌がるお客さんも居るし、女性の顔剃りもあるからと、仕事中はもちろん、仕事服にも匂いを付けたくないと、仕事のない日の外でしか吸わないらしい。お酒も仕事に響かない程度で済ましているから、本人曰く、翌日が休みの日は酒もタバコも凄いとか。そんな彼女は、軽く癖のあるショートボブに、奥二重の黒い瞳は優しく時に力強くキラキラとしている。小学校高学年で止まったという身長は、僕とは三十センチ程差がある。

 そんな小さな体だから、僕のカットをする時は背伸びをしていたりする。


「さくちゃん、背伸びしてるでしょう?」


 初めてカットしてくれた時、鏡越しにピョコンと上がった頭が可愛くて、ついつい言ってしまった。


「… あきらさん、座高高んだよ」


 容赦ない切り返しに、うん。 としか答えられなかった。

 初対面でこそ普通の口調だったけれど、友だちになると違うらしい。本人曰く…


「物心ついたときからオッサンが周りに居たから」


と、言うことらしい。口調だけだと男らしいけれど、何かと人のことを気にかけてくれる。


「明さん、おまたせ。今日もありがとうちゃんと寝て、ちゃんと食べた?」


 明け方まで仕事をしてからさくちゃんのお店に行くと、必ずそう聞いてくれる。

 二ヶ月ほど前にカットモデルになってから、二~三週間に一回はさくちゃんのお店でカットをしてもらっていて、お互い仕事上がりの夜だったり、さくちゃんの休みに自分の休みを合わせたりしている。夜の時は、カットの後に店の近くで夕飯を食べて解散。朝にカットをした時は、そのままお昼や買い物に出かけたりもする。


「カットはまだ時間がかかるけれど、顔剃りやマッサージは絶品だよ。すごく気持ちいいんだ。それに、

「タクシー運転手は後ろ姿をお客さんに見られるから、襟や耳回りが産毛でモサモサしてるより、サッパリしてる方が印象いいよ。ただでさえ、明さんは人より体面積が広いから、後ろから色々見えちゃうんだよ。小さくなろうとして猫背になるのは、逆効果だかんね。姿勢悪すぎで印象も悪くなるし、運転するのも視界が狭まるだろうし肩や背中も張っちゃうだろう?ちゃんと背筋伸ばして運転してくれよな」

って、そこまで気を使ってくれるんだよ。それがね、さくちゃんの言う通りなんだよね。

 僕さ、お客さんに、体が大きい大きいって言われる率が高いから、最近、運転中は猫背になっている事が多くてさ、気が付いたら治すようにしているんだけれど、

「運転手さん、体大きいですね~」

そう言われるたびに、また猫背になっちゃってさ。さくちゃんには不思議とお見通しみたいでね~。肩とか背中のマッサージしてくれる度に、寝ちゃうんだ」


 喫茶店のざわめきと店内オラジをBGMに、目の前に座っている幼馴染は食後の珈琲をゆったりと飲んでいた。


「回想終了?お前ね、独り言の音量がデカいよ。まぁ、おかげで、最近アキが俺の誘いをしょっちゅう断わったり、田舎のクマが小ざっぱりした都会のクマになった理由が分かった。

 肌ツヤ、いいじゃん。顔のマッサージやパックもやってくれるの? サービス、いいな」


 猫っ毛の薄い茶髪を伸ばして、二重の瞳に茶色のカラーコンタクトを入れているこの幼馴染は、女性が好む甘いマスクと甘い声で囁く。… のは、女性だけで、幼馴染の僕にはいつも手厳しい。


「その無駄に親父力が強い子と、お付き合い始めたわけだ」


 幼馴染の三上航大みかみこうたは、新しいタバコに火をつけた。電子タバコの類は、好きではないらしい。

 僕も食後の珈琲を飲み始めた。


「お付き合いって… 彼女にそんな気持ちはないよ。そんな雰囲気もないし、なんせ年が十近くも放れているから、親戚のお兄さんみたいな感じじゃないかな?」


 そう、きっと僕は、親戚のお兄さんと同じだ。


「親戚のお兄さんねぇ…。お前は、まんざらでもなさそうだけれど?」


 フッーと勢いよく煙を吐き出して、もう一口。

 付き合いが長いせいか、それとも僕が単純なのか、航大にはあまり隠し事が出来ない。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?