教室の窓は空いていて、カーテンが風に揺れている。珍しく晴れたトウキョウの空は青く澄んで、この穏やかな気候がしばらく続いてくれたらと願わずには居られない。
今は昼休みで、教室の人間はまばらだ。大体の連中は友人たちと昼食をとっているが、僕に友人は居ない。悲しいことに。
コンビニで買える栄養レーションで、手早く昼食を済ませた僕は手持ち無沙汰に空を眺めていたという寸法。黄昏れている自分を演出することで、孤独をごまかそうという浅はかな考えだ。いいじゃんか、別に黄昏れたって。
いい加減黄昏れて誤魔化せる限度に到達したところだった。僕の制服のポケットで、携帯端末――皆が呼ぶところの
マカロニのボタンを押せば、空中に板状の画面が投射される。マカロニと呼ばれるのは内部が空洞になっているからで、この空洞で光の反射を制御し、どの角度でも画面を表示できるという寸法だ。
画面にはチャットルームが表示され、そこには「貴金属商」からのメッセージが届いていた。僕はモジャモジャの顎髭に覆われた彼の顔を思い出し、普段なら絶対にしない感謝をした。ありがとう。ヒゲオヤジ。
『トオル、喜べ。こないだの
思わず、僕の口角も上がる。この間の「ダンジョン探索」はずいぶんと苦労したから、浮かばれる気持ちだ。確かに、貴金属商の言う通り、今日は妹に美味しいものでも食べさせてやろう。
平穏、だ。人生は寄る波のようなものだと、昔の人は言ったらしい。であればこの穏やかな凪が続くことを祈らずにはいられない。
けれど、その水面をかき乱す人間が一人。
ピシャリ、と大きな音を立てて教室の扉が開く。にわかに教室がざわめく。それも当然で……。僕が伏し目がちに目を向ければ、そこに居たのは色素の薄い髪を肩で切りそろえた、凛とした雰囲気の美少女。僕が今、一番会いたくない存在だった。
ざわめくクラスメイトたちには目もくれず、その美少女は僕に向かって一直線に歩いてくる。自信満々の大股で。
「トール。トール君。昨日のことについて、少し話しませんか」
クラスメイトたちの視線が、一斉に僕に向かう。彼ら彼女らの気持はよく分かる。文武両道の完璧超人たるアトカ・インディゴフィールド先輩が、どうしてこんな卑屈で無口な男に話しかけるのか。
僕は努めて落ち着き払ったフリをして、笑顔を作る。
「はい、もちろんです。アトカ先輩」
比べて、先輩は周りを気にする余裕なんてなさそうだ。それを言ったら、僕だって周りを気にしてられないほど焦っているんだけど……。
僕はアトカ先輩に右手をがっしりと掴まれて、教室の外まで連行される。
僕の人生は平凡でも平穏でもないけれど……、少なくとも、アトカ先輩と関わるような人生では無かったはずだ。それがどうしてこんなことになったのか。それは、昨日の「日銭稼ぎ」の話に遡る。