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ブラック・ラック・サルベイジ
如水
現代ファンタジー現代ダンジョン
2024年07月28日
公開日
8,518文字
連載中
――ブラック・ラック。ダンジョンの深奥に向かう真っ白な穴を、人はそう呼んでいる。


許可のない人間は、ダンジョンへの立ち入りは禁止されていた。
それは当然、危ないから。特に「トウキョウ0番」と呼ばれる大穴なんかは、歴戦の冒険者でも足踏みするくらいだ。

でも、子供たちがこっそりダンジョンで度胸試しをするなんて言うのは普通だ。大抵の場合は治安局に捕まったうえで親にこってり絞られるか、それを掻い潜ってもモンスターに半殺しにされたり、あるいはダンジョンにとりこまれておっ死ぬのがオチだけど――僕は違った。

ダンジョンで手に入るモノは金になる。両親が死んで妹を養わなければいけなかった当時の僕にとって、それは子供でもできる貴重な収入源だった。

ダンジョンに無許可で潜り始めて何年たっただろう。
ダンジョンの最深部で僕は、学校の先輩と出会った。

トウキョウのごく一般的な高校生だった僕と、高嶺の花の「先輩」。
本来交わらないはずだった僕たちの運命が、交じりだす。

プロローグ

 教室の窓は空いていて、カーテンが風に揺れている。珍しく晴れたトウキョウの空は青く澄んで、この穏やかな気候がしばらく続いてくれたらと願わずには居られない。


 今は昼休みで、教室の人間はまばらだ。大体の連中は友人たちと昼食をとっているが、僕に友人は居ない。悲しいことに。


 コンビニで買える栄養レーションで、手早く昼食を済ませた僕は手持ち無沙汰に空を眺めていたという寸法。黄昏れている自分を演出することで、孤独をごまかそうという浅はかな考えだ。いいじゃんか、別に黄昏れたって。

 いい加減黄昏れて誤魔化せる限度に到達したところだった。僕の制服のポケットで、携帯端末――皆が呼ぶところのマカロニ中空通信スティック――が振動した。


 マカロニのボタンを押せば、空中に板状の画面が投射される。マカロニと呼ばれるのは内部が空洞になっているからで、この空洞で光の反射を制御し、どの角度でも画面を表示できるという寸法だ。


 画面にはチャットルームが表示され、そこには「貴金属商」からのメッセージが届いていた。僕はモジャモジャの顎髭に覆われた彼の顔を思い出し、普段なら絶対にしない感謝をした。ありがとう。ヒゲオヤジ。


『トオル、喜べ。こないだのは全部高値で売れたぞ。売上は口座に振り込んでおく。妹さんにうまいもんでも食わせてやんな』


 思わず、僕の口角も上がる。この間の「ダンジョン探索」はずいぶんと苦労したから、浮かばれる気持ちだ。確かに、貴金属商の言う通り、今日は妹に美味しいものでも食べさせてやろう。合成肉イミテーションじゃない、本物の牛肉が手に入った……と、商店街の肉屋のおばちゃんが言っていたから、すき焼きなんてのも良いかも知れない。


 平穏、だ。人生は寄る波のようなものだと、昔の人は言ったらしい。であればこの穏やかな凪が続くことを祈らずにはいられない。


 けれど、その水面をかき乱す人間が一人。


 ピシャリ、と大きな音を立てて教室の扉が開く。にわかに教室がざわめく。それも当然で……。僕が伏し目がちに目を向ければ、そこに居たのは色素の薄い髪を肩で切りそろえた、凛とした雰囲気の美少女。僕が今、一番会いたくない存在だった。


 ざわめくクラスメイトたちには目もくれず、その美少女は僕に向かって一直線に歩いてくる。自信満々の大股で。


「トール。トール君。昨日のことについて、少し話しませんか」


 クラスメイトたちの視線が、一斉に僕に向かう。彼ら彼女らの気持はよく分かる。文武両道の完璧超人たるアトカ・インディゴフィールド先輩が、どうしてこんな卑屈で無口な男に話しかけるのか。

 僕は努めて落ち着き払ったフリをして、笑顔を作る。


「はい、もちろんです。アトカ先輩」


 比べて、先輩は周りを気にする余裕なんてなさそうだ。それを言ったら、僕だって周りを気にしてられないほど焦っているんだけど……。


 僕はアトカ先輩に右手をがっしりと掴まれて、教室の外まで連行される。


 僕の人生は平凡でも平穏でもないけれど……、少なくとも、アトカ先輩と関わるような人生では無かったはずだ。それがどうしてこんなことになったのか。それは、昨日の「日銭稼ぎ」の話に遡る。

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