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第9話 真相

 いっちゃん、さっきはありがとう。慣れない場所で、尚且つ複数の女性がいると…途端に怖くなって目の前が真っ暗になってしまうんだ。君がいたから参加したけど、本当なら二度と合コンなんて行きたいと思わない。

 ぼくが女性を怖がる理由は、まぁ色々あるけれど…子供の頃に母が倒れたからなのがきっと、きっかけだったように思う。

 美容師だった母さんは、よく笑う素敵な人だった。子供であるぼくが言うのもなんだけど、とても綺麗でおしゃれで、今でもぼくの憧れ。母さんが話したがらなかったから、父のことはよく分からない。何より怯えきった表情でぼくを連れ、前に住んでいたアパートを出て行った時からなんとなく「ぼくがママを護るんだ」と心に決めたくらいだった。

 二人で暮らし始めて6歳になってから、ぼくも学校に行くようになり身体も成長していった。裕福ではないし決して順風満帆とは言えない、毎日が幸せだった。授業参観にも、運動会にも、文化祭にも母さんは来れなかった。それでも、家に帰る頃には晩御飯を準備して待っていてくれて、その日起きた出来事を話すとにこにこしながら僕の頭を撫でてくれた。いつしかぼくも母さんのような美容師になりたいと思うようになって、進路は自然とそちらに向かっていった。

 中学二年生になったある日、母さんが健康診断の再検査に行って、そのまま入院することになった。何か大きな病気だと思い、不安になるぼくをよそに母さんは「すぐに帰るから」って笑って言ったんだ。

 でも…入院は長引いて、とうとう中学の卒業式も来れなくなってしまった。

 入院費用は母さんの入っていた医療保険といろんな行政の助成金を駆使して賄っていたけれど、蓄えはぼくが高校進学するには到底足りなくなっていた。


 そこでぼくでもできるアルバイトを探し、見つけたのが…所謂『ママ活』ってやつだ。言葉は変われど、援助交際に変わりはない。得られる高収入と反比例して押し寄せる罪悪感と、バレたらどうなるのか分からない恐怖感を押し殺し、いろんな女性と出会ってはデートを繰り返した。こっちが未成年だから、身体には手を出さないだろうと甘くみていたのが…運の尽きだ。まぁ、あとはきっと想像がつくと思う。

 何回か会ったひとに連れて行かれたのは、とあるカラオケ店だった。個室で最初は歌を歌ったり、好きな飲み物を飲んだりした。それでも楽しいと思ったのは一瞬で、途中からその人の友人だと言う女性が三人現れた。

 その人たちはぼくを品定めするように見て、何の了解もなしに身体を触ってきた。いつの間にか身包み剥がされ、触るだけ触られて気が付いたら家に帰っていた。正直何をされたのかはよく憶えていなくて、あまりの恐怖で自分の記憶を封じ込めたんだと思う。今でもあの、舐め回すような視線が悪夢に出てくるくらい…とても怖かった出来事なのは間違いない。

 それからだよ、自分が女性に対して「こわい」以外の感情を持てなくなったのは。そのバイトからは綺麗さっぱり足を洗って、母さんの勤め先に縋るように働かせてくれと頼んだら、店長は二つ返事で「うちに来いよ」と言ってくれた。

 母さんの病気は進行しないけど、良くもならない難病だと店長から聞かされた時、自分が想像している以上に母の容態は深刻なのだと初めて知った。母さんが前もって自分に何かあった時、ぼくを頼むと店長に託していたことも。もっと早く言えばよかったと、その時ばかりは泣いて後悔した。


 それからは美容院で下働きとしてバイトしながら美容師学校に通うようになり、自然と付き合う対象は同性にシフトしていった。どんな優しいひとだとしても気分が悪くなってしまうようになったから、異性と触れ合うことは避けていた。美容院に居る間は不思議とその症状が現れなくて、たぶん職場の先輩とか店長とかが居たから、その店が自分にとっての”テリトリー”になったからなんだと思う。美容師学校を無事卒業し、18歳で美容師免許を取得して、正式にその店の美容師として働けることになったのも大きな転機だ。   

 未だに入院を続けている母さんに報告したら、涙ながらに喜んでくれてぼくも嬉しかった。それまで肩身が狭くて見舞いに行けなかった分、堂々と尋ねることができるから。

 それから暫くして、女性のお客さんに接客していくうち少しずつ平気になったと思いきや、エレベーターや狭い部屋で見知らぬ女性と一緒になるのは相変わらず無理だった。今までまともな恋愛経験はないけれど、恋人にするなら同性でないと無理だと悟ったのもその頃だ。

 今日の合コンもそう。うちの常連の大学生から合コンの誘いがあって、ゲーム仲間の啓さんからいっちゃんが来ると聞かなければ絶対に断っていた。

 また君に会ったら何か変わるのではないかと、決死の思いで合コンに出ることにした。会場に着いてからやっぱり無理だと後悔しかけて、いっちゃんが来てくれた瞬間泣き出しそうになったのはみんなに内緒だけどね。


×   ×   ×


「…そうだったのか。何と言うか…その、いつ聞こうか迷っていたんだけど…かおるさんって何歳…?」

「ふふ。何歳に見える?…ってのは今更言っても仕方ないからね。ぼくは…」

「待って!俺が当てたい。うーん、なんとなくだけど…22歳かな。でもお兄さんみたいな安心感があるから、俺より年上ってセンも…」

「…正解、」

「えっ」

 まさか彼に一発で当てられるとは思わなかった。あえて年齢が分からないように振舞っていたつもりだったのに、想像していない答えが返ってきて何故なのかと首を傾げてしまうばかりだ。

「…何でわかったの…?」

「なんとなくだよ、ほんとに…流石に啓よりは年上だと確信したけどね。大学生って言うよりも、大人びた子だから実際はもっと年上なのかもと思った」

「…そうなんだ。ぼくの年齢を一回で当てたのは、いっちゃんが初めてだよ」

「そうなの?へへ。好きな人のことを当てられるの、やっぱり嬉しいな」

 その言葉が心からのものだと、ぼくは信じることができた。

 救いがない世界だと思っていたぼくの人生に、一縷の望みを与えてくれた人。 

 母さんへのお見舞いにとフラワーアレンジメントを自分で作ろうと決めて、読み漁っていた園芸雑誌に載っていた憧れの人。 

 一条累、君に出会えて…本当によかった。

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