駅前の商店街を通り、件の合コン会場に近づく。
弟の
もし、俺のことを好いているのなら、恋人候補を物色することはないと淡い期待を抱いていた。しかし、答えは明白だ。俺はもう、飽きられたのだろうか。
かおるさんからのメールを見た後、何でもない風を装って啓に聞いたのは、飲み会の参加者構成だった。その中に美容師が一人でもいれば、可能性は若干高くなると踏んでいたから。
『なぁ、啓…その合コンって、美容師の男ですこぶる美形な奴っていないか?』
『さぁ?俺が幹事してる訳じゃないからなぁ。聞いてるのは女が五人、男が五人でそのうち代打の二人が俺と兄貴、もう一人は幹事をやってる先輩だってことだ。残り二人は社会人ってことしか知らないなぁ』
『……そうか。わかったよ、それに俺も参加してやる』
『まじで⁉サンキュ!それじゃ、夜七時に駅前の【
すぐに幹事だと言う先輩に電話し、代理参加の男が見つかったと報告をしていた様子を思い出す。啓は実に嬉しそうにしていたので、悪い気はしなかった。
想い人に四ヵ月も会えていないのなら、いい加減吹っ切れて次の恋を探せと奴は言うけど、そもそも恋人を探すためにあのアプリを使ったんじゃない。かおるさんと出逢ったのはたまたまの偶然で、運命の出会いと言う訳でもなく必然でも何もなかった。ただ、俺が一方的に惚れ込んでいただけだ。
(…まぁ、合コンでもメル友程度の関係が見つかればそれで良いか。恋人を探すってのは気が進まないからな…)
今は新たな恋を探すよりも、心に空いた喪失感を埋める為に酒を飲みたいと思っていた。そこまで酒に強い訳ではないし、ちびちびと啄むくらいで楽しめるので気負わず楽しめればそれでいい。若い連中のコイバナに耳を傾けながら、相槌打つくらいが丁度いいだろう。そんな風に思っていると、何時の間にか合コン会場になっている飲み屋の前に到着していた。玄関の脇には色づき始めたであろう紫陽花が咲いていて、店の明かりに照らされて元の色がよくわからない。スライド式の玄関を開け、一歩踏み入れると何となく懐かしい気配に遭遇する。
「…こんばんは。えっと、十九時から予約している…」
「ああ、いらっしゃい!奥のお座敷にどうぞ!」
「はぁ」
「あっ!来た!兄貴、こっち!」
店員に示された先の座敷席に、数名の人影が見える。既に着いていた弟、啓に呼ばれるがままに俺はその部屋に向かう。
「啓くんのお兄さん?かっこいいね!」
「そんなことねーよ、今日だって…」
ぶつぶつとぼやいている弟の言葉に苦笑いしつつ、座敷に上がり啓の右隣に座る。彼の左隣に座っている、幹事とおぼしき青年と目が合うと申し訳なさそうに会釈した。
「あっ…サークルのメンバーが急に来れなくなって、本当に助かりました…ありがとうございます!」
「いえいえ、こちらこそ…若い人たちに囲まれるのは久方ぶりなので、よろしくお願いします」
「あれ…何処かで聞き覚えのある声だ」
俺自身、聞き覚えのある澄んだ男の声にびくんと肩を跳ねさせて声の主を見遣った。今しがた来たばかりと言った様子の『彼』に目を見開くと、そこには紛れもなく、俺自身求めていた人物が座っていた。
変わらない髪色、変わらない髪型に安心したのも束の間、目を見張るのはその服装だった。初詣の時は着物を着ていたけれど、今日は長袖の襟つきシャツにデニムズボンとラフな格好だ。もちろん、普段着姿のかおるさんもカッコいい。
「……かおる、さん…」
言い掛けた言葉に続いて、弟の咳払いが聞こえる。何時の間にか参加者全員が揃っていたようで、あっと声を上げて慌てて自己紹介した。
「啓の兄で、累と言います。今日は弟に頼ま...じゃなくて、…誘われて来ました」
「本当に?」
「ええ」
「……そう。僕は
彼の自然に見える笑みは、すぐに作っているものだと分かった。なるべく寛容な心持ちで居たかったけれど、だからこそ胸が余計に締め付けられる。今すぐ帰りたいと思ってしまって、それでも弟の手前そうもいかない。なんでこの場所にいるんだろう、それだけが頭に浮かんでしまう。
「よろしく、お願いします」
はじめまして、と云われなかっただけまだマシだと思えた。
俺はひたすらぎこちなく、微笑みを浮かべているのが自分でも分かった。こういう時、どんな表情をすればいいのか分からないから。