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第4話

 肯定難聴は、自身に対して肯定的な言葉が聞こえない病。好意も、届くことはない。

 それが歌だとしても、美凪に対して歌ったのなら、きっと聞こえない。好意を込めて叫んでも、ラブソングであることすら伝わらないだろう。

 けれど、もし。周囲の人間が「これはラブソングだ」という事実を口にしたら。

 美凪自身には聞こえない言葉。だが、それは言い換えれば、その言葉が自身に対して肯定的な言葉なのだ、と理解できるはず。そしてその言葉が恋愛感情を伝えるものだと、客観的事実として耳にした場合。それはつまり、自分に対して肯定的な言葉であり、好意の表れである言葉。好きだと告げているようなもの。賭けだった。

 けれど、伝わると信じた。

 「瀧上」

 文化祭が終わり、教室で待ち合わせをしていた。一番前で左端の席の机に座ってスマホをいじりながら待っていると、美凪の声が聞こえた。振り返る。照らされた夕日で、泣きはらした美凪の顔が視界に映った。俺は、自分が無意識に微笑んでいることに気づいた。机から離れ、立ち上がり、話しかける。

 「お疲れ」

 「う、うん。瀧上こそ、お疲れ」

 と、ぎこちなく話し、俯く美凪。どうしたものか。考えていると、美凪から話し始めた。

 「治ったかもしれないの」

 「え?」

 前髪を触る美凪。次に、耳を撫でるように触っていた。美凪は微笑む。

 「瀧上のオリジナル曲、途中から聞こえるようになったんだ」

 「それって」

 「治ったかもしれない、肯定難聴。不思議だよね」

 美凪は「あはは」と笑うと、照れくさそうに視線を逸らす。俺は驚きのあまり、言葉を失っていた。間接的に伝わるのではないか、と賭けに出た作戦だったが、まさか直接、俺の声が届くとは。美凪が申し訳なさそうに俺に尋ねる。

 「でも、いいの? わたしなんかで」

 「それは違う!」

 驚きで言葉を失っていたはずなのに、気づけば即答していた。

 「えっ?」

 「『なんか』じゃない。美凪が、いい」

 どくん、と胸が高鳴る。震える唇。こんな時に。ああ、情けない。恥ずかしい。

 けれど、届いたのだ。そのことが嬉しい。俺が今すべきことは一つ。俺は想いを伝える。肯定難聴が治ったのなら、きっと聞こえるはずだ。

 「好きだよ、美凪」

 美凪の瞳に、涙が浮かぶ。美凪は両手で顔を覆う。聞こえている。本当に治ったみたいだ。

 「嬉しい……!」

 と、下を向き、涙を流す美凪。俺は近づき、美凪の泣き顔を隠すようにそっと抱きしめた。肯定されたことも好意を持たれたことも久しぶりなのだろう。もう何年も聞けてない言葉だ。俺の胸の中で美凪が泣きじゃくる。まるで子どもみたいだ。俺は美凪の頭を撫でて、話す。

 「もし、また昔みたいに美凪が否定されるようなことがあったら、俺がそれを否定する」

 「うん。うん……!」

 「だから、そばで守らせてほしい。美凪のことは俺が肯定し続けるよ」

 「うん」

 俺から一歩、離れる美凪。涙の跡は残っているけれど、美凪は笑顔を見せてくれた。

 「ありがとう」

 ああ……。本当に、君に届いて良かった。

 完

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