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第3話

 伴奏をしてくれる友人たちには、かなり無理を言った。オリジナルの曲をやりたい。そう伝えた時の反応は芳しくなかった。オリジナルの新曲を文化祭ライブでやるなんて、伝わらなくて盛り上がらないだろう。わかっている。それでも、伝えたいことがあった。事情を説明して、頭を下げたことを覚えている。最終的に「瀧上猛のオリジナル曲なら逆にありかも」と折れてくれた。

 時刻は午後二時を回った頃だろうか。体育館のステージ裏には、時計はないから確かな時間はわからない。スマホで時間を確認することもできるが、精神的に、それどころではなかった。もうすぐ、俺たちの出番だ。

 「その通り!」

 と、ステージ上では男子三人がコント中だ。社会の授業中の一コマを描いたようなネタ。会場は賑わっている。先生のものまねが思いのほかウケていた。問いに対しての生徒の答えが正しい時に先生がよく言う「その通り!」の口癖のクオリティが高いからだろう。

 「そろそろ出番だな、猛」

 体育館のステージ裏で、ドラム担当の信二が小声で話す。緊張している様子はない。むしろ、わくわくしているように見えた。俺がこれから始める事に、賛同してくれたからだろうか。嬉しい限りだ。それでもほんの少し罪悪感がある。俺がこれからやろうとしていることは、わがままだ。皆には迷惑な時間になる。

 「悪い。せっかくの文化祭ライブなのに」

 「あはは。なに言っているんだ、今さら」

 「でも、さ」

 煮え切らない様子を見せたからだろうか。信二は、俺の肩を叩く。

 「ジュースでも奢ってくれ。それでチャラだ。なあ?」

 と、信二はメンバーの三人に振った。口々に三人は各々、欲しい物を注文する。

 「俺、コーラ」

 「じゃあ俺、じゃがバター」

 「焼きそばを所望する~」

 どれも文化祭で買える物だ。気にするな、でもなければ、絶対に成功させろ、とも言わない。これが彼らなりの優しさなのだろう。

 「皆……」

 俺は良い友人を持った。心底そう思う。だからこそ、俺を肯定してくれた友人たちのためにも成功させたい。

 「届くといいな」

 歯を見せて笑う信二に、つられて俺も笑みがこぼれる。おかげで覚悟はできた。

 「ああ……!」

 「さあ、それでは次のプログラムに移りましょうか!」

 いよいよ、俺たちの番だ。

 ステージ上で司会の女子二人組が進行していく。短い髪の女子と、小柄な女子。俺たちは演奏の準備に移る。俺はボーカル。念のためマイクの調子を確認する。その数分間も、司会は賑やかにトークを行い、沈黙を避けるように努めてくれていた。

 メンバーの準備が整い、俺は司会にそのことを伝える。司会の小柄な女子が、ぐいぐいと距離を詰めたような話し方で俺に尋ねる。

 「今回は、三曲ほど演奏してくれるとのことですが、何を歌ってくれるのかなー?」

 この子、こんなキャラだったか? 文化祭の熱に乗っているのか、キャラ作りしないと緊張してしまうのか。わからないが、普段とは違うキャラで少し困惑する。

 「二曲は有名なやつを歌います。盛り上がってくれると嬉しいです」

 「わたしでも知っているやつだといいなあ。で、残り一曲はマイナーな感じなのですかい?」

 「やー。ちょっとオリジナル曲を披露しようかなと」

 「おやおや。大胆ですね」

 と、短い髪の女子が淡々とした口調で言うと、それに続くように、小柄な女子が反応する。

 「きゃー、挑戦的!」

 周囲も少しざわついているのが感じ取れた。その中に、美凪の姿。心配そうだ。俺は美凪に向けて笑顔を見せる。

 「きっと届くと信じています」

 一通り話した司会がステージから去る。照明が暗くなる。上手くいくだろうか。いや、緊張している場合じゃない。覚悟なら、もうできている。

 やってやる。

 演奏が始まると同時に強い照明が当たり、ステージが明るくなる。俺は大きく息を吸い、歌い始める。

 一曲目、二曲目と歌い、体育館は盛り上がった。興奮と高揚、流れる汗を感じた。そして三曲目。オリジナル曲に入ろうとしていた。呼吸を整えつつ、袖で汗を拭う。ふう。準備は整った。

 「それでは聞いてください」

 と、言ってから、俺はオリジナル曲の曲名を口にする。

 「【賛歌】」

 メロディーが流れ出す。俺は声の限り、叫んだ。

 この歌が届くだろうか。いいや、届くはずはない。美凪は肯定難聴。俺の言葉は、きっと聞こえなくなる。聞こえたとしても、断片的なものだろう。それでも試したいことがあった。エゴ満載の俺の歌。否定の声ばかり聞こえる彼女に送る、肯定の歌。

 否定を否定するための、未熟かもしれない青の賛歌。

 体育館内が、ざわめきだす。オリジナル曲がラブソングだと気づき始めたのだろう。

 「これ、ラブソングだよね?」

 「まるで、誰かに向けて歌っているような」

 「誰に向けて歌っているんだろう」

 「考えられるとしたら……」

 周囲の一部が美凪に視線を送っているのがわかった。俺と美凪の仲が良いことは、皆が知っている。友達以上、恋人未満。そう言ってからかう奴もいた。今なら、はっきり言える。友達以上じゃ足りない。恋人未満なんかじゃ、嫌なんだ。

 「告白みたいなものじゃん」

 「あはは、やりやがった!」

 「度胸あるなあ」

 と口々に話し始める。狙い通り。けれど今は、そんなことどうでもよく感じる。ただ、君だけにこの言葉を聞いてほしい。

 届け。

 三曲目が終わった。俺は一礼して、はにかんでいた。美凪が泣いているのが見えたからだ。届いただろうか。届いていたなら、いいな。

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