【大阪都/大統領官邸】
「さて、今回の定例会見ですが、仇討ち法が行われましたので、それ関連からいきましょうかね」
大統領が威風堂々会見台の前に立った。
相変わらずの風格と、前回の戦いで見せた強者の姿が、北南崎の体格を何倍にも誤認させる。
「読買新聞の渡辺です」
「はい。ん? 渡辺さん? 井沢さんでは無いのですね? 部署が変わりましたか?」
渡辺は青木の部下である。
その青木がおらず渡辺しかいない。
だが、代理とはいえちゃんと応答していた。
「青木は別件の取材で不在です。私は代理になります。失礼な事を聞いたら申し訳ありません」
「構いませんよ。失敗して成長すればいいのです」
大統領の配慮に渡辺が心の中で安心した。
相当の無理をしていたのだ。
「今回の被害者遺族ですが、強すぎましたね? あんなに簡単に人間が切断されていくのは、不謹慎かもしれないですが、正直いってグロテスクを通り越して感動すら覚えてしまいました」
「遺族の方は剣術一筋に生きてきました。しかし稽古で巻き藁や、人に見立てた物を斬っても、人体を斬るのは初めてです。まだ大統領が皇帝と呼ばれた時代には、武士が罪人を使って試し切りをしたそうですが、遺族はぶっつけ本番で、それを成し遂げた。正直凄いと思いますよ」
刀を扱う武士が、まずは死体や罪人を使って、安全な試し切りをする中、今井は本当にぶっつけ本番だった。
超人的腕前といって差し支えないだろう。
「ルーレットで選ばれたあの刀はご自身所有の刀ですよね? ラインナップには木刀や竹刀もありましたが、それでも90%の勝率があったのでしょうか? 余りにも偏りがあったとしか思えないのですが」
渡辺は、なんの捻りもないが、だれもが聞きたい事を聞いた。
「木刀や竹刀、いや本人の持ち物以外の全てが勝率を下げた武器になったでしょう。遺族は強運にも大当たりを引いたのですが、木刀や竹刀でも、やはり90%の確率は揺ぎ無かったと思います」
「木刀や竹刀でも?」
「ええ。例えば木刀なら、手足の切断は無理でも、遺族の腕前なら楽勝で四肢や頭蓋骨を骨折させたでしょう。竹刀なら、刀より数段軽い武器の特性で、目、鼻、口、喉、
渡辺も含め、記者たちは容易にその光景を思い浮かべた。
それ程までに今井の実力は際立っていたのだ。
「誤解の無い様に言いますが、これは遺族が紛れもない剣士だからです。その辺の一般人には無理な芸当が剣士ならできる。故に最低90%はあったのです。これで宜しいですか?」
「は、はい! ありがとうございました!」
「他に……はい、どうぞ」
「帝国新聞の市川です」
「おや? こちらも青木さんではないのですね?」
「はい。青木も別件の取材が入っておりまして、代理で私が質問することになりました。早速ですが、今回の加害者加藤さん。第一回仇討法の被害者遺族でもありますが、政府として、サポートが足りなかったのでは無いでしょうか?」
市川は痛いところを突いてきた。
「それに関しては、加藤さんの犯罪が発覚した時から今も検討を重ねています。どうすれば加藤さんの犯行を防ぐ事ができたのか? と。まず、被害者遺族だった時の加藤さんの動機は、済みませんが遺族のプライバシーに関わるので言えません。ただ、決闘後に様々な事実が発覚し……うーん、何と申したら良いのか……」
北南崎は悩んだ。
全てを言えば、記者と世間は満足するだろうが、それをした時点で、法を曲げた事になる。
「要約しますと、加藤さんは仇を討った虚しさを感じておりました」
本当に物凄い要約だ。
真の事件原因は加藤の息子にあったのだから。
「私どもとしましては、精神科の受診を総合病院に頼み引き上げました。夫婦共に精神的に参っている様でしたので、こんな時は精神科が一番です。我々に落ち度があるとすれば、加藤夫妻の受診記録を詳細にチェックするべきだったのかと思いますが、受診記録はプライバシーの塊です」
精神科で悩みを打ち明ける。
それが仇討ち法に関する事なら良いが、全然関係ない過去のトラウマだったり、夫婦間の悩みまで踏み込むのは倫理的にマズイと北南崎は思っていた。
仇討ち法なんてモノを施行しておいてだが。
「そこまで踏み込んで良いのか今でも迷っています。或いは加藤家に政府役員を常駐させるのも手です。そうすれば少なくとも事件は起きなかったと思います……逆に聞きますが、嫌ですよね?」
記者たちは、各々家の一室に政府役員が寝泊まりする風景を思い浮かべる。
客間がある家を持っている記者は、まだマシだが、1DKのマンションに住んでいる若手記者は露骨に顔を歪めた。
「その気配りこそが精神的負担になりそうですね……」
市川はそう言った。
記者たち全員が頷いた。
「故に、まだ対策が完璧とは言えません。そこは申し訳ありません。仇討ち法施行者として謝罪します」
「では、仇討ち法は廃案ですか?」
「いえ。それは続けます。ただ一言、言わせてもらうならば、今後仇討ちを希望する方は、相当の覚悟をもって申請してください。仇討ちを申請しなければ、死刑囚は必ず死刑台に送るのですから」
こうして幾つかの別件の質問が続いた後に定例会見が終わった。
一方、別の場所では、別の会談が行われており、井沢と青木が訪れていた。
【大坂都/南蛮武家】
読買新聞の井沢と、帝国新聞の青木がそろって南蛮武家を訪ねていた。
「最近は来客も少ない。何を聞きたいのかは存じませぬが、歓迎いたしましょう」
「ありがとうございます大統領」
「元大統領、あるいは南蛮武で構いませんぞ」
「では……南蛮武さんにお尋ねします。信長真理教について教えてください」
「ッ!?」
南蛮武は対応を誤った。
己が大統領となって、児童保護施設を全て政府管轄にしたのだ。
信長真理教もその中の一つであって、べつに驚愕する事ではない。
しかし南蛮武は『明らかに何かある驚き方』をしてしまった。
「……不意を突かれたのう。情けないわ。何が聞きたいのかね?」
「そうですね。まずはコレをご覧ください」
「これはッ!?」
手渡されたのは紙の資料。
名前の横にE、S、Mなどが並んでいる。
これは信長教が信長真理教時代に行っていた人身売買の証拠。
名前は名前としか説明しようが無いが、記号は該当人物の運命を決める絶望の記号。
「これが一体何なのかは分かりませんでしたが、南蛮武さんは分かるのですね?」
「あぁ。分かる。分かってしまう。コレは君たち新聞社に送られてきたのかね?」
「えぇ。新聞社内の我々個人宛でした」
「差出人、情報の提供元は……普通明かさないか」
「いえ。許可をもらっています。高山賂媚子さんです」
「賂媚子君だと!?」
つい先日の第四回仇討ちの会場で、久しぶりに会ったばかりの名前が出てきて更に驚く南蛮武。
この態度は、まだ何も事実を話していないが、何もかも喋ってしまったも同然の態度だった。
「賂媚子
「現、信長教の教祖で、元信長真理教の教祖の娘だそうですね。その資料と共に、南蛮武さんを訪ねる様にと手紙が添えられていました」
青木と井沢はここが攻め時とみて、さらに追い込む。
「そこまで掴んでいるのか! ……あぁ。親しいのは隠さんが、何が聞きたいのかね? 20年も昔の事だ。歳も歳だし忘れている事もあるかもしれん。そこは許してほしい」
ここで言葉通りに受け取る者は居ないだろう。
つまり言うに言えない事情があると、暗に言っているのだ。
「あぁ。そうだ。あと、無理に追求すれば、君達の命の保証も出来ぬ」
「えっ」
さっきまで押していた立場が、一瞬にして逆転されてしまった。
「この日本が独裁国家だというのを忘れてもらっては困るぞ?」
膝が悪く正座も出来ない80歳の老人とは思えぬ殺気が滲みだし、青木と井沢の動きを封じた――