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第72話 消息不明の生死不明

【那古野県/総合病院 専用個室】


「自害は――」 


 今井は言った――


「ううむ。何も約束できませんな。少なくとも今は死ぬ気が無い。折角治療してくれた大統領にも医療関係者にも申し訳ない」


「ありがたいですが、何も約束は出来ない……ですか」


 北南崎はその回答に難しい顔をする。


 第一回の加藤。

 第二回の金鉄銅。

 第三回の木下。


 皆、勝っても不安定な日々を送っている。

 殺したい程に憎い敵を政府公認で殺して、顔が晴れるどころか曇っている。


 故に――


 加藤には精神科でのケアを。

 金鉄銅は紫白眼直属のSPとして、副大統領を警護しつつ、管理もされている。

 木下は南蛮武に促され、僧侶への道へと進んだ。


 だが加藤が最悪例と堕ちてしまった。

 加藤のへのケアは政府としても甘かったと、反省すべき点はあった。

 もっと徹底的に管理すべきであった。

 プライベートに配慮している場合では無かった。


 では今井はどうなのか?

 精神力の強さは他の3人とは比較にならないが、だからこそ危うい気もする。

 不屈の精神で自害を遂げる――その可能性もある。

 だが今井は、そんな懸念を杞憂にする言葉を今井は放った。


「いや、別にこれは『決闘勝者だから特別どうこうなる』と限った話では無いでしょう。誰だって明日には自殺したいと思うかもしれないし、自殺志願者が思い止まるかもしれない。その程度ですよ」


「……」


 北南崎は今井の言葉が強がりなのか真実なのか、判断に迷った。


(何たる不覚! 賂媚子様か、銃理軍曹を連れてくるべきでしたか。真偽の判断は彼女らの分野なのに! いや、いつ起きるか分からない病室にいつまでも2人を待たせるのは愚かな行為ですね)


 彼女らなら今井の本心を暴くだろう。

 起きた直後の素直な反応こそが見たいが、それは不可能だった。


「……今井さンはこの後、普通の生活に戻る訳ですが、放送では顔はモザイクで隠し、危ない言葉、例えば身元バレに繋がりそうな言葉には全てミュート対応しました。『今井流朧斬』の『今井』の部分とかですね」


「ん? 生放送でそんな事ができるのですか?」


 別にバレても良かったが、第1~3回がどうなっていたかは、余り覚えていなかった。


「できます。モザイクは体各所に装着してもらったバンドで、頭の位置を常に追跡しています。戦いは生放送ですが、世間一般には5分遅延した放送を見てもらっています。これで危ない言葉を事前にシャットアウトできます」


「ほー。ありがたい配慮で」


 全くそう思っていない御礼の言葉を述べる今井。


(これは捨て鉢傾向が強いですね。然らば……)


「別の質問をしましょう。今井さンは満足しましたか?」


「満足? ……人の切れ味に対する質問ですかな? 成程。それを言われると痛い。今の言葉で戦いの感触を思い出してしまった。まだ試していない奥義が沢山あるのに。そう考えたら満足感は吹き飛びました」


「よろしい。ならばスカウトしましょう。この国の暗部に」


「……暗部? 人に知られては困ると?」


「そうです。今から述べる事を拒否して世間に暴露しても構いませンが、荒唐無稽すぎて漫画や小説でも有るまいし誰も信じないでしょう。暗部とは闇の部隊。政府ではない大統領直属の超法規部隊。簡単に言えば、法では裁けない悪を滅する部隊です」


「ハハハ。そんな滅殺仕事人の様な部隊ですか? ……冗談では無さそうですね」


 北南崎の迫力に、今井の喉が上下に動く。


「えぇ。これは信長公から代々続く、国家元首たる私と乱蛇琉陸軍大将と部隊の者にしか明かされない究極の国の隠密部隊。正式な名前もありませンので闇の部隊と便宜上呼ンでいますが、これは紫白眼副大統領も知りませン。私も大統領に就任した時は驚いたモノです」


「信長公からって約400年間誰にもバレていないと!? 例え私のスカウトに失敗しても問題ないと!?」


 知らなかった歴史を明かされ驚愕する今井。

 そんなテレビドラマみたいな部隊が現存するなど思いもしなかった。


「問題ありませン。それにスカウトに応じて欲しいのには理由があります。まず決闘勝者の今井さンを管理の届く場所に置きたい事。これは今までの決闘勝者への配慮と管理です。2人目の加藤さンを生まない為に」


 加藤の殺人は、家の中で起きた密室殺人だ。

 係員が加藤家に常駐する訳にもいかないので、本当はどうにもならなかった事だが、それでも何とか防ぎたいのが本音だった。


「そして今井さンのその実力を買います。闇の部隊は銃撃戦もあれば、暗殺任務もあります。今井さンの剣術は部隊の強化にもなりますし、今井さンの欲望も叶えられる。一体、一石何鳥になるでしょうかねぇ?」


「……!」


「その代わり隊員の報酬は莫大ですが、掟も厳しいです。警察に見つかれば逮捕されますし、敵に捕まっても救出は期待しないで頂きたい。特に戦死に関しては、名もない事故死体として、身元不明として処理されます。今井さンには血縁者がいない。それも好都合なのです」


 今井はもう北南崎の言葉が頭に入っていない。

 北南崎の言った『欲望』に心が反応してしまったのだ。


「聞いた事がある理論ですな。『悪を倒すには巨悪になるしかない』でしたかな? その悪を倒す為の部隊であるならば手を貸しましょう」


 そう言いながら今井は己の手を天井に掲げた。

 指の間からボタボタと血が降ってくるのは幻覚だ。

 悪を倒すなどどうでもいい。

 剣を振るう場面が与えられる魅力的な話に抗えなかった。


「よろしい。それからこの決闘の勝者には証人保護プログラムも適用されます。退院するまでに、偽名を考えておいて下さい。では、退院しても覚悟に揺ぎ無ければ、この名刺の連絡先にご一報を。私への連絡先です」


「はい」


 後日、今井は退院した。

 帰宅すると早速大統領に連絡し、闇の部隊の件を了承した。


 その後、今井家の土地と家は売却され、生活に必要な家財道具と、己の刀や訓練用の道具を持ち、消息が途絶えた。

 今井被賂鬼という人間は、承認保護プログラムによって戸籍から消滅し、尚且つ、別人となって心筋梗塞になって死亡し、新たな戸籍を得て闇の部隊の一員となった。


 その後の今井がどうなったのかは分からない。

 一時期謎の惨殺死体が多く出たが、いつからか途絶えた。

 その後のがどうなったのかは分からない――

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