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第71話 大統領面会 北南崎桜太郎と今井被賂鬼

【那古野県/総合病院 専用個室】


「今井さん、目覚めましたか? 状況は理解していますか?」


 ベッドに横たわり、先ほどまで全身麻酔で寝ていた今井。

 その目が開いた気配を察知し、北南崎が声をかけた。


「私は……私は? ここは病院? 勝ったのに? 勝った? 誰に……? グッ……うおっ!?」


 今井は状況を理解していなかった。

 ボケた訳ではない。

 これは稀にある全身麻酔後の譫妄せんもうと呼ばれる症状で、一種の錯乱状態である。


「今井さん、私が誰だかわかりますか? 大統領の北南崎です」


「大統領……何で……大統領!? 病院……勝った? 大統領に?」


「違います! 貴方は仇討ち法で娘と孫の仇を取ったのですよ!」


「娘……孫……? あぁそうだった。娘に報告に行かなければウグッ!?」


 今井は起き上がろうとして、激痛に呻いた。

 頭を起こそうとして首が、体を起こそうとして腹に激痛が走ったのだ。


「駄目ですよ! 絶対安静なのですから。譫妄ですね。覚えていませんか? 勝った後、自ら切腹し、首を掻き切ったのを」


「勝った後に切腹? 首を切った? ……なら、ここはあの世か。痛いあの世ですなぁ。大統領はどうしてあの世に? いや、今やここは『この世』、『こちらの世』ですか」


 譫妄の割には中々に口が回る。

 あの世に対する理解は早かった。


「この世……。間違ってはいないですねぇ」


「娘と孫は見舞いに来ませんなぁ」


 やはり譫妄が激しいようで、すでに故人となった人間の見舞いを待っている。


「……後程いらっしゃると思いますよ。今は疲れたでしょう。眠ってください」


 大統領は点滴に鎮静剤を連結させた。


「大統領の前で申し訳ない。何か疲れてますな。失礼して眠らせて頂きます……」



【次の日】


「……ここは病院?」


「おっ。お目覚めですか? あぁ、そのままで」


 北南崎がパソコン操作を止めて、今井を止めた。

 今や、今井の個室は、個室兼、大統領執務室となっていた。


「北南崎大統領!? 私は切腹して自害したはず? 何故生きている?」


「それは私が緊急で治療したからです。私は医者ではありませんが、特定の分野、縫合程度であれば治療行為は心得ております。戦場も経験していますからね。多少の怪我なら何とかできます」


 今井の出血は甚大だったが、危険だったのは首の切り傷。

 動脈を斬ったので、直ぐに縫合しなければ、あっけなく死ぬ。

 北南崎は出血ポイントを特定し、いったん血流を止めた後、手早く縫合して血流を再開させた。


 脳に送る血が枯れては、命はつないでも植物人間になってしまう。

 腹の傷は腸がはみ出る程の重症だったが、出血はさほどではない。

 足の銃創も大した傷ではない。

 これは救急搬送で対応できる範囲だ。


 事実、大統領の応急処置と、仇討ち法による手術室と輸血パックの確保で勝者に対する医療は万全の体制である。

 救急ヘリで総合病院に運ばれた後は、縫合の出血リーク検査と、挫滅創のクリーニング、腹の傷は腸を押し込んで縫い合わせて済んだ。


「せっかく自害したのに、死なせてくれないとは。やりますな。殺さないは殺すより難しいのに」


「その様子ですと、ハッキリ意識は取り戻した様ですね?」


「……? ハッキリ? ハッキリでない時があったのですか?」


 妙な質問に今井が質問を返す。


「はい。昨日も目を覚ましましたが、何が起きたのか分からないようでしたので、鎮静剤で眠ってもらいました。決闘は昨日で、今日は翌日です」


「翌日!? そ、そうでしたか! 何たる不覚! 全身麻酔とは恐ろしいですな……!」


 全身麻酔は恐ろしい。

 譫妄もそうだが、術後2~3日、激しい車酔いに似た症状に苦しむ体質の人もいる。

 手術痕より、気持ち悪くて苦しい人もいる。


「さて、まずは何から話しましょうか。どうやって勝ったか覚えていますか?」


「加藤君の四肢を切断して勝ちました。今井流の奥義を幾つか披露しました」


 今井はハッキリ覚えていた。

 今井流の弾丸斬りに走破術、更には幾つかの必殺斬撃だ。


「そうです。最初は弾丸を斬って見せた。次は高速移動で加藤君の左手を切った。次は駆け上がった後の今井流朧斬、次が、普通の逆袈裟斬でこれが相打ち、最後が今井流根溜斬。思い出しましたか?」


 北南崎の説明に、今井はより鮮明に場面を思い出す。


「えぇ。思い出しました。人生最高の瞬間でしたなぁ。技を腐らせずに磨いた甲斐があったというものです。全国の剣術家が嫉妬で狂っているでしょうなぁ」


 今井の表情は満足気だ。

 両手を天に伸ばし、幾つかの斬撃モーションを繰り出した。

 肉と骨を斬る感覚を思い出す様に。


「それは良かった。しかしソレでは説明のつかない分からない事があります。最後なぜ切腹を? しかも首まで斬る念の入れ様です」


「……何故でしょうね? 今考えると自分でも不思議です。そうするのが当たり前だと思ってしまいました。多分……」


「多分?」


「満足してしまったのでしょうね。この時代に思う存分剣を振るった。本来なら絶対許されない事ができた。一生使い道の無い技術を磨いてきた苦労が報われた。そういう意味では加藤君には本当に感謝していますよ。……あっ!? 加藤君は!?」


 加藤の名を出して、自分の対戦相手がどうなったのか初めて思い出し気になった。


「もちろん亡くなりましたよ。出血多量ですね。さすがに四肢を斬られて応急処置を施しても4本目の右手は致命傷でしたね。手首から肘まで広範囲でしたしね。アレは応急処置ではどうにもなりません」


 他の左手、両足は輪切りだが、右手は手首から肘への広範囲。

 しかし出血量はそれ程でもなかった。

 もう流す血が、そのまま生きる限界量だったのだ。


「そうですか。加藤君ですが、仇討ち法第一号の決闘時、下手糞な接近戦にしては、応用はよかった。折れた刀を掴んで相手に突き刺した。あんな咄嗟の判断は才能のなせる業だと思いました」


「ん? その割には、加藤さんに『接近戦が下手だ』と言っていましたね」


「そう勘違いさせただけですよ。言葉も戦術の一つ」


 あまり適切な例では無いが、小さい頃から罵声を浴びせ続けられて育った子供は、何もできなくなる。

 常に人の顔色を伺う人格になってしまう。


 格闘技の試合でも、試合前パフォーマンスで心理戦を仕掛けたり、それとなく嘘の故障情報を流す。

 全ては勝つ為の努力だ。

 何も卑怯ではない。


「確かに加藤君は接近戦の才能はないが、一瞬の閃きはかなりのモノ。私の足を打ち抜いた時も、最後の足掻きも決して悪くない。良くぞその戦法にたどり着いた、と褒めたいぐらいです。ハッキリ言って強敵でした。結果程に実力差は無いでしょう」


「死んでいたのは自分かもしれないと?」


「う~ん。負ける姿を想像するのは難しい。しかし難しいからこそ、何をされるか分からず恐ろしい。多分、格闘技熟練者が、町の喧嘩屋に負ける時などは、そういう事じゃないですかねぇ?」


 何十年も修行して喧嘩自慢に負ける、ありえない事態。

 自分の格闘技しか知らない弊害なのか、実戦経験が足りないのかは分からない。

 あるいは、自分の繰り出す攻撃で相手殺してしまう恐怖が、技を鈍らせてしまうのか。


「成程。今井さんとの格闘技談義は実に面白い。まだまだ色々話したいですが、その前に質問です。退院したら自宅に帰宅できます。まだ自害をしたいと思いますか? その時には、もう誰も止められません。今回で4戦目ですが、勝者の精神が不安定なデータが揃っています」


「……」


「いかに今井さんが心身共に鍛えたとて、例外では無いでしょう。今井さんには生きて人生を全うしてもらいたい。被害者として勝者として」


 北南崎は誠心誠意懇願する。


「自害は――」 


 今井は言った――

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