目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第70話 今井被賂鬼vs加藤刑素毛④

【那古野県/人地市 雑木林】


 加藤刑素毛は接近戦が下手。

 かと言って遠距離戦も下手だった。

 じゃあどうすればいいか?


 銃で接近戦をすればいいのだ。

 相手が身を潜めている木には命中させられる。

 ならば、前後左右と俊敏に動く今井に対し、斬る瞬間を狙えばいい。


 流石に刀の殺傷範囲なら銃で当てられる。

 ただし、早くてはダメだ。

 必ず今井は異変を察知する。

 しかし遅ければ、斬られるだけ。


 刃が肉を通過している瞬間だけが、攻撃チャンスだったのだ。

 つまり相打ち戦法だ。


「見事じゃ加藤君! 見事じゃが……痛ってぇぇぇッ!? うぐぐ! 銃とはこんなに痛みを伴うのか!! 一度経験してみたかった痛みだが、そりゃ侍の時代が終わるわけよ! しかし侍の技を受け継ぐ者として銃に負ける訳にはいかん! ……聞いておるのか加藤君?」


 右足を斬り飛ばされ後ろに倒れたまま、身動きもしない加藤。


「おい!? 流石に出血多量か!? 勝手に死ぬなよ!? まだ右手が残っておるじゃろう!? クソッ!」


 己の左足は出血こそすれど、死ぬような傷ではない。

 だが、加藤は左手、左足、右足を切断された。

 当然動脈ごと斬ったが、結束バンドの止血で大量出血は免れている。


 だが、それも限界だった。


 懸命に足の止血点を結束バンドで止める今井。

 死んで欲しくない。

 死んで欲しくない。

 斬り足りない。

 こんな機会は二度と無いのだ。


 今井は必死に応急処置を施すのだった。


(……生きている。違う……渾身の死んだフリを……)


 一方、加藤は意識を維持して生きていた。

 ただし、本当に生きているだけで、出血多量も相まって切断された痛みからは解放されている。

 もう指一本動かすのが精いっぱいだ。

 仰向けに倒れ、右手には銃が握られたままの指を。


 加藤は絶好の好機をつかんだ。


 幸運な事に今井は銃のすぐ隣に座って治療している。

 斜面である事も幸いし、狙いを付けずとも、撃てば脇腹を銃弾が貫通するだろう。


(後は引き金を引けば勝つ……いや、引き分けか……)


 勝ったとしても、病院に運んで助かる傷ではない。

 自分の体を、達磨だるま寸前にまで斬り刻んでくれた今井に対する殺意が芽吹き、今や大樹となっている。

 もう自分が犯罪者である事も忘れてしまったが、この苦痛の元凶だけは許せない。


(死ね……!)


 体に残った力を右手の人差し指にかき集め、加藤は引き金を引き始めた。

 引き金を引いた、ではなく、引き始めたのは、引き金を引く力も失せかけているからだ。


(ぐうううっ! 重い! ガァッ!)


 ガァン――


(あぁ誹露貴ひろたか、瀬津羅、お義父さん、今そっちに……お義父さん!?)


 朦朧とした頭で幻覚を見ていた所に、家族に割り込んで今井の姿が目に入った。


「惜しかったな。今井流根溜斬」


 今井は治療を続けていたが、死体同然の加藤から殺気があふれ出しているのに気が付いていた。


(ほう。死の間際でここまで強い殺気を出すとは、余程ワシが憎いか。ククク! さぁワシの脇腹と銃口は僅かな距離。引き金を引ける余力は残っておるかな? そう。ゆっくり確実に……いや力が入っておらぬ様じゃな。腕が力を籠めすぎて痙攣しておるわ。擬態は失格じゃが闘志は合格としてやるか)


 加藤の殺気は完全に読まれており、今井にとって引き金を引くタイミングなど目視で見ていればいい。


 後は木の根に引っかかる様に地面に突き刺した刀。

 引き金が引かれる直前にジャンプして銃撃をかわし、空中で地面に刺した刀をつかむ。

 後は、渾身の力で体を空中で回転させる。

 木の根に引っかかった刀にパワーが蓄積され、根の切断とともに、斬撃が発射され、加藤の右手が手首から肘まで斬り裂かれた。

 今井流根溜斬――

 これは簡単に言えば、超強力なデコピンの原理である。


 加藤の右手から、まだこんなに血が残っていたのかと思う程の血が噴き出し、今井の体を染めた。


「勝負あり!!」


 その結果を見て、大統領は裁定を下した。

 四肢切断で決着を判断したのではない。

 出血量で判断した。


「まぁ、流石に限界か。礼を言うぞ加藤君。義理の息子による最高の義父孝行だった。……クックック! ハハハハハ!!」


 剣鬼今井は高笑いした。

 もうどっちが遺族か分からない狂気だが、1~3戦目の仇討ちも多かれ少なかれ、勝者は狂気に身を委ねた。

 今井は武人である分、それが顕著なだけだ。


「北南崎大統領」


 一通り笑った加藤が北南崎に尋ねた。


「何でしょう?」


「この遺体を斬ったら、遺体損壊の罪になりますか?」


「成程。試し切りをしたいのですね? 残念ながら、決着後の手出は遺体損壊罪になります」


 大統領がまだ皇帝と呼ばれた過去の時代で、侍が刀を持ち歩いていた時代、処刑する人間の最後の利用方法として『試し切り』が行われていた。

 この呼び方も斬られる側の状態で区別され、死体を切るなら『試し切り』、生きている人間を斬るなら『生き試し』と呼ばれた。

 刀の性能を試したり、腕前の確認の為に人体を斬って確認した。


「そうですか。それは残念」


 心底残念に思う今井。

 首を斬っても胴を斬っても決闘は終了してしまうので、斬撃回数を取るか一撃の勝利を目指すか迷い、結局回数を取って四肢を狙った訳だが、その至福の時間が終わったのだと実感した。

 その瞬間、今井は憑き物が落ちた様に、狂気の表情が失せると共に、刀の血糊を拭い、納刀し、遺体に向かって正座し礼をした。


 この瞬間だけは、狂気が微塵も感じられない神聖で厳かで爽やかな雰囲気に包まれた。

 四肢切断された遺体があるとは思えない現場だった。


「では撤収を始めてください。……ん?」


 北南崎が指示をだすと、おかしな光景が広がっていた。

 今井が上半身を露出し脇差を抜いていた。


「さて、胴と首を斬る感触は己で確認しますかね」


(切腹か!?)


 北南崎が防弾ガラスを正拳突きで破壊し、止めに入るも遅かった。


「これが、胴体を斬る感覚……! そして! コレが首……!!」


 今井は血を流して倒れた。

 腹の傷は、傷口の割に出血は少ないが、首の傷は、傷口の割に大出血だった。

 確実に動脈を斬ったのだった――

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?