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第69話 今井被賂鬼vs加藤刑素毛③

【全国のお茶の間】


『馬鹿者。敵を前に目を瞑るとは何事か! 早く防御の準備をせい。何の為にワシ用の武器を与えたと思っている? こういう時の防御用じゃぞ?』


(圧倒的すぎる! でも、斬ってしまえば良いのに、無防備の相手を注意している!?)


(鉄パイプ! そうだ! 斬撃を防ぐにはソレしかない!)


 一応、加藤は死刑囚であるが、お茶の間の大半は、それを忘れ、加藤を応援していた。

 それ程までに剣鬼となった今井が、不浄なモノに見えたのだ。


『では行くぞ?』


 今井がそう告げた、と思ったら、加藤が動き出した。


(先制攻撃! それにしては……?)


 加藤の先制攻撃(?)だが、どこを狙ったのか、鉄パイプは今井の頭上はるか上を通過していった。

 当然だが、その一撃を見届けた今井がその隙を見逃すハズもなく、鋭い斬撃で加藤の左膝を切断した。


『今井流朧斬』


 技名を言ったが、単なる袈裟斬りにすぎない、時代劇で見た事のある軌道の斬撃。

 視聴者には加藤が焦ったか、痛みで目測誤ったか、そう言った理由で早まったのだと結論付けた。



【那古野県/人地市 雑木林】


「今井流朧斬……とは言っても何の変哲もない、ただの袈裟斬りじゃがな」


 そう言いながら今井は刀を担いで大統領達の方を見た。

 決闘中に視線を切るなど言語道断だが、今井にはまるで問題ない風格と覇気が溢れ出していた。


『大統領。今の攻防の意味、ご理解頂けましたかな?』


 今井は眼でそう語っているのだ。

 その返答として、北南崎、紫白眼らは頷いた。


(今の朧斬ですか。殺気を飛ばして加藤君の攻撃を誘発しましたね?)


(えぇ。ただの袈裟斬りと言えばそうなのですが、この技の神髄は加藤さんに誤認させる事。だから目を瞑ってしまった加藤さんを注意したのですね)


(えぇ。そうですねぇ。今井さンの技量なら目を瞑った相手にも効果を発揮したでしょうが、目を開いてくれていた方がより確実) 


(必殺技を必殺たらしめるには、その状況に持って行く事。そうすれば、基本技も必殺だと私はそう習いました。今のは、まさにその通りの光景でした!)


 殺気は電波に乗らないので視聴者には理解できなかったが、現地観戦の者には、明らかに今井が先制攻撃を仕掛け、加藤がそれに対応したが、今井の攻撃は錯覚にすぎず、鉄パイプをスイングした後の隙だらけの左足を、予告通りに斬ったのだ。


「さて、左足の手当てをしてやろう」


 今井は、加藤の左足に結束バンドを巻いて止血し、ついでに鉄パイプと左手を、これまた結束バンドで縛り付けた。


「ほれ。簡易松葉杖じゃ。動くのはともかく、立ってバランスぐらいは取れるじゃろ」


 今井はパンパンと手のゴミを払い落とすと、名刀鮫村を地面に突き刺し、代わりに左足に突き刺さりっぱなしの己の刀を抜いて、空に向かって振った。

 突き刺さったままの左足が空に飛ぶ。


「はッ!」


 今井が気合と共に刀を三閃した。

 宙に飛んだ左足が、四分割されて地面に落ちた。

 視聴者には、ソレの行為が、アニメでよく見る、キャベツを放り投げ千切りにするシーンを思い起こした。

 千切りはどう考えても不可能で、三斬りもでも本当は凄い腕前だが、アニメのせいで不当に低い評価を食らった今井であった。


「むぅ。火葬してやろうと思ったが、鎮火してしまったか」


 後方を見ると炎が無かった。

 枯れ葉も多かったが、まだ水分を含んだ葉や樹木も多く、焼夷手榴弾の炎は殆ど鎮火し煙を天高く昇らせていた。


「原始人は、こんな感じで、肉を輪切りにして焼いておったのかのう?」


 輪切りになった脛肉すねにく(?)の一片を刺して、輪切りステーキ(焼く前)と化した加藤の足をマジマジと見る。


「まぁいい」


 もう興味を無くしたのか、無造作に輪切りステーキ肉を捨て、また斜面を下って行った。


「さて加藤君。分かっていると思うが三本目だ」


「だ、大統領!! 参りました!! 死刑で構いません! お願いですから殺してください!」


 今井の言葉に仰天した加藤は思わず懇願した。

 完全に戦意を失ってしまった様だ。


「おぉい!? 娘と孫の恨みはまだ晴れておらん!? ギブアップなど許さんぞ!?」


 一方、今井は激怒する。

 娘と後継者を殺された怒りが残っている――様に見えて、殺戮を楽しんでいる今井。

 まだ、右手、右足、胴体に首。

 最後まで楽しむつもりだ。


「左手、左足を失って、どうやって勝てと!? もう決着でいいじゃないですか! 死にます! 死刑で良いですよ!」


「駄目です」


 必死の懇願に対し、無情な大統領の冷たい声が響き渡る。

 心臓を鷲掴みにされる様な声であり、思わず今井も刀を大統領に向ける程だった。


「この場から生きて出られるのは一人のみ。例外は例えば大地震等が起きて、この現場が危険に晒された時。その場合、私も大統領官邸に急いで戻らねばなりませン。どうしても出たいなら、全員がこの場から逃げなければならない大災害が起きる事を祈って下さい」


 その言葉に、絶望で顔を歪める加藤と、安堵する今井。


「加藤さンが絶体絶命なのは百も承知。逆に今井さんに聞きましょう。普通であればとっくに決着です。しかし法令でそれは出来ない」


「さっさと殺せと?」


「いえ、それは自由です。今井さンが恨みを晴らす為に、長く苦しみを与える戦法を取っているのは理解しています。一晩中戦うのも困りますがね」


 本当は斬撃を楽しんでいるのは伏せた。

 一応、今井は被害者遺族なのだから。


「心配しているのは、戦力差です。私の目ではまだ十分加藤さんには勝ち目があると思っていますが、本人にその気がない。しかし私が加藤さんにアドバイスを与えれば、今井さんは剣術家として、有意義な戦いができます。勿論、相手の戦力をここまで削ったのは今井さんの実力です。それを覆すのは戦いに対する冒涜。どうします?」


「フフフ。もちろん拒否しますよ」


 これが試合ならアドバイスを送るのもアリだろう。

 試し合いなのだから。

 だが、本番ならば言語道断だ。


「そうですか。では再開して下さい」


 大統領も武道家として、その辺は心得ており、今井の否認を認めた。


「大統領!?」


 だが、加藤にはたまったモノではない。


「何ですか?」


「いや、勝てませんって!」


「じゃあ負けてください」 


「負けます! ギブアップです!」


「だからソレは認められないと言ったじゃありませんか」


 堂々巡りの会話に今井が根負けした。


「ええぃ見苦しい! わかった加藤君! ワシからアドバイスしてやろう。言っておくがこれは断腸の想いで伝えるアドバイスじゃ。何せ最初から明白なハンデを与えておるのに追加のアドバイスなのだからな」


「えっ? ハンデ? 追加?」


 その言葉を聞いた今井が、思いっきり溜息をついて、仕方なく、本当に仕方なく口を開いた。


「敵に塩を送って負けるなぞ無様にも程があるからな」


「えっ」


 まるで理解していない加藤に今井が驚く。


「おいおい! 正気かね!? ありったけの武器を与えた! 最初は攻撃すると宣言して左手を斬った! 次は左足を斬ると予告した! これでも随分なハンデだぞ!?」


 本当なら、斬る場所を言う必要はない。

 黙って斬ればいいのだ。

 それか、左足を斬ると言って右手を斬ったって良い。

 本番は何でもアリなのだ。

 卑怯な手段などない。

 それを律儀に守った今井は、相当に甘い――のでは無く、戦いを少しでも楽しめる為の工夫だ。


「大統領は勝つ可能性が残っていると言った。ワシも異存は無い。まだ勝てるチャンスはある。10%以上な」


 これだけ圧倒的な技量の差を見せ、まだ勝率10%を保っているのは加藤も視聴者も驚いた。

 もう加藤の逆転の目はないと全国民が思っていた事だ。


「加藤君は接近戦が下手だ。それは仇討ち法適応第一号の戦いで見た。武器の間合いを見誤り壁に刀を叩きつけて折ってしまったな?」


「……」


「かと言って、遠距離戦も得意ではない。今日何発発射した? ワシに一発も当たっていないではないか。カスリもしないぞ? 一体今日まで何を訓練してきたのだ?」


 今井が隠れる木には命中させたが、本人に当たらなければ意味がない。


「……」


 言われてみればその通りで、加藤はその事実に愕然とした。

 接近戦の苦手具合は訓練でも指摘されたが、遠距離戦もこのザマだ。


「っとまぁ、こんな所か。大統領、どうですかアドバイスの加減は?」


「よい線だと思います」


「えっ(一体今の会話の何が良いアドバイスなんだ!?)」


 具体的な戦略や戦法が示された訳ではないが、元来アドバイスとはそう言うもの。

 この場で戦略戦法を言ったなら、それは『アドバイス』ではなく『答え』。

 ただし、今井は答えを言ったら、それを逆手に取る自信はあっただろう。


「さぁ、大統領のお墨付きアドバイスだ。考えろ! どうすればいい? 抵抗して見せろ! いいか? 次は右足を狙う! 行くぞ!」


 また今井が、例の如く俊敏に斜面を駆け上がる。

 左足を失った加藤は狙いを付けようとして、バランスを崩し転倒した。

 体は豪快に後ろに倒れ、右足は前方に飛んで行った。

 今井の刀が右足を斬ったのだ。


「今井流……別に何でもないただの逆袈裟斬り。……だが見事だ。そう言う事だ」


 今井の袴に穴が開き、左足から出血していた。

 弾丸が貫通したのだ――

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