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第68話 今井被賂鬼vs加藤刑素毛②

【那古野県/人地市 雑木林】


 今井が高速で、斜面をジグザグに駆け上がる。

 一直線に上っては、銃の良い的だし、この区切られた場所だけ見れば、登山同様の斜面。

 左右の移動に加え、登れる段差を登り、緩い斜面を走る。


 山登りの常識だ。

 富士山に、山頂への一直線コースなどない。

 歩ける道の為に、左右に迂回し、どうしてもソコしかない場合は、様々なクライミング技術や、登山器具を使って無理やり登る。


 そんな数ある山登りの手段で、極めて常識通りの今井だが、普通じゃ無かったのはその動きの速さだ。

 ボクサーのフットワークか、それ以上のスピードで猛然と動いて迫ってくる。

 後は、進路上にある蔦や枝を斬り払いつつ、勢いが止まらない。

 とても60過ぎの老人の動きではない。


 これは古流武術にある歩法で、最速の動きを体現しているのだ。

 これで100m走りきるには無理があるが、的を絞らせないフットワーク+移動には最適だ。


 加藤はその機敏な動きに驚き、マガジン3本分の銃を乱射したが、一発も命中せず、接近を許してしまった。


(早い――動きが――追えない――撃て撃て!!)


「残念。小手一本だな」


 今井がそう言うや否や、 加藤が不用意に防御の為に突き出した左手を切り飛ばした。

 ちなみに、加藤は機動隊の戦闘スーツを着込んでいる。

 一方、今井は、道場での稽古着と運動靴だ。

 防御方面でも格差があり、加藤の腕も安全に配慮されており、簡単に斬り飛ばせる装備では無い。


 だが、現実には無情にも左手は宙を舞っている――今井の刀が一閃した。

 宙を舞った左手をさらに両断したのだ。


「これで、ワシに勝っても元に戻すのは不可能だな?」


 腕を繋げるだけでは無く、手も繋げなければならない。

 現代医療で、スーパードクターでもいれば可能かもしれないが、そう都合よく縫合のプロが控えては居ないだろう。

 仮に繋げても、繋がっただけで、不自由な手になるのは間違いない。


「ギャァァァッ!?」


 左腕を切断され、宙に舞った左手を両断され、初めて加藤は悲鳴を上げた。


「うるさいのう。ホレ。この結束バンドで止血せい」


 今井はお優しくも、大きめの輪を作って、加藤に投げ渡した。

 加藤は涙を流しながら右手で幹部を縛って止血に入る。


「右手を左脇に入れて締めると効果的じゃぞ?」


「は、はい……!」


 今井の助言に従い、止血を行う加藤。

 殺し合いをしている者同士の話ではないが、ここだけ見れば今井の人間性は素晴らしいが、斬ったのは今井なので、奇妙な光景である。


「よし。それでは念には念を入れて、と」


 止血作業中の加藤に背を向け、落ちている左手の破片を刀で突き刺し拾った。

 薄目で見ればバーベキューの串に見えなくもないが、実際は刀に通した左手の破片。

 今井はおもむろに、後方に刀を振って、左手を投げ捨てた。

 ちょうどそこは、今井の試合開始地点。


 つまり焼夷手榴弾での火災現場。


「左手の火葬じゃな? ククク!」


 もうどちらが悪人か分からないが、悪人は間違いなく加藤だ。

 今井は、闘争本能を法に従い楽しんでいるだけだ。

 何も悪くない。

 そんな闘神と化した今井は、斜面を降りて燃えている場所を避けて陣取った。


「さぁ! 再開だ! 2本目と行こうかッ!!」


「えっ?」


 加藤は痛みとグロテスクな断面を見せる左手を見て、頭が回らない。

 今井の言っている意味が分からない。

 だが視聴者も見届け人も意味が分かっていなかった。

 今井の言葉を理解したのは北南崎ら数人だった。


「趣味が悪いですねぇ……。この絶好の機会を骨の髄まで味わい尽くすつもりなのでしょう」


「気持ちが理解できるのが嫌ですね。我々徒手空拳で戦える者は、武器を極めし者よりはまだ技を披露できる機会がありますからね」


 北南崎と紫白眼が溜息をついた。

 先ほどの攻防、巻き藁10本同時斬りを達成した今井なら、一刀両断で勝負を決しただろう。

 しかし、刀で人を切る感覚を楽しむ為に、左手だけで我慢した。

 だが、我慢できず、切り落とした左手を、再度両断した。


「牛肉や豚肉を斬ってみた事もあるが、人間はまた感触が違うのう? 死んだ肉とは訳が違うと言う事か。それでもって、巻き藁の感触も中々に手応えが似ている。先人の知恵は凄いなぁ。そう思わんか加藤君? おっと!」


 涙と鼻水と、苦痛で歪んだ顔で加藤が銃を発砲した。

 もう狙いを正確につける余裕が無いが、今井が隠れている木には命中した。

 疲弊した状態での銃撃訓練も受けているので、感覚だけで狙える。


「加藤さんも凄いですねぇ。私も流石に腕を切断されて銃を扱った経験は無いので、加藤さんがどんな状態なのか分かりませんが、狙いは正確だ。撃つ度に激痛が走るでしょうに大したものだ。訓練の賜物なのでしょうかねぇ」


 北南崎の感想は、本当に感想でしかない。

 体験したくても不可能なのだ。

 人生経験の中での痛みを総動員して想像するしかないが、そのどの記憶とも違うのだろう。


 一方、銃撃を受けた今井が叫んだ。


「よし! 戦う準備はできた合図だな!? さて、左手を失った加藤君にハンデをやろう。次は左足を狙う。約束しよう。もし他の場所を斬ったらワシは切腹して自害しよう。そうすれば君は自然と勝者になれるぞ? いいな?」


 予告ホームランならぬ予告斬撃。


(な、何を言っている!? 左足さえ斬られなければ勝つ!? 違う場所を斬らせれば良いのか!?)


 加藤は無くなった左手を見た。

 痛みで気絶しそうだが、その痛みで精神は覚醒している。

 良くも悪くも、精神の安定性は±0だ。


(ならば右手右足を差し出す? いや! 違うだろ! 馬鹿かッ!! 射殺が最高の結果なんだ!)


 今井の定めたルールを逆手に取ろうと、愚かな考えに至ったが、何とか正気を取り戻した。

 撃ち殺すのが最善なのだ。

 勝つために、右手右足を犠牲にするなど論外だ。


「さぁ! 行くぞ!」


 今井がそう叫ぶと同時に、先程と同じ様に高速歩法で、じわじわ、とも、一気に、とも違う、繊細かつ大胆な動きで加藤に近寄る。

 加藤はその動きに合わせて射撃を行うが、七発撃ち終わってマガジンを入れ替えようとして、左手がタクティカルベストを空振りした。


(え? あッ!? そうだった!! こんなに痛いのに忘れるか!?)


 無い左手でマガジンチェンジを行おうとし、不可能だと気が付いた時にはもう手遅れだった。


「何をしとるんじゃ?」


 その声は左耳から聞こえた。


「なっ……グッ!?」


 左足に激痛が走った。

 左足の甲に刀が突き刺さっていた。

 しかも地面に半分以上めり込んでいる。

 完全に縫い付けられた形だ。


「グッ! ガァッ!!」


 加藤は支給された名刀鮫村を横薙ぎに振るが、右腕を下か殴られ軌道を逸らされた。


「これ。名刀をそんなに雑に扱うでないわ。貸してみい」


 今井は加藤の右手から刀を奪い取ると、大上段に構えた。


「……ッ!? ……?」


 思わず目をつむってしまう加藤だが、何も感触がない。

 恐る恐る目を開けると今井はまだ構えたままだった。


「馬鹿者。敵を前に目を瞑るとは何事か! 早く防御の準備をせい。何の為にワシ用の武器を与えたと思っている? こういう時の防御用じゃぞ?」


 そう言われて『ハッ』と気が付いた加藤は鉄パイプを取った。

 これは一番右手に近い武器を選んだだけで、意図は無いが、斬撃を防ぐには悪くない選択だ。

 加藤は鉄パイプで身構える。

 出来るだけ左足をカバーできる様に。


(……鉄パイプを両断できるのか? 可能性はある! ならどうする!? ヒッティングポイントをずらすんだ! 何かの漫画で見た記憶がある!)


「では行くぞ?」


 今井は刀を勢いよく振り下ろし、加藤はその斬撃をなるべく手前で受け止めるべく鉄パイプを振る。


 ズルリ――


 何かがずり落ちた。

 だが、加藤は立っている。

 左足だけで。


 いや、左足だけが、刀で地面に縫い付けられて固定されているから立っている。

 ずり落ちたのは、加藤の体だ。


「今井流朧斬」


 名刀鮫村は加藤の左膝を切断した――

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