【那古野県/人地市 雑木林】
「ハハハハハッ! 何だかんだ気弱そうな面持ちでいながら、勝負所を理解しておる。流石は殺人者だ! 擬態が上手い!」
加藤が決闘開始の瞬間、拳銃を2発発射した。
今井がその弾丸を斬った。
そんな超絶技を披露した今井が、加藤を褒め称えている。
見届け人や視聴者は弾丸を斬った今井の腕に驚いていたが、当の今井は『そんな事は出来て当然』の如くだ。
「副大統領! テレビで固定された刀身に拳銃を撃って、刀が弾丸を斬ったのは見た事があるのですが、人が実践してみせるのは初めて見ますッ!! あ、あんな事が出来るのですかッ!?」
SPの立場を忘れ、つい任務も忘れ質問してしまった金鉄銅銀音。
たった今、眼前で事実を見たのに、それでも『あんな事ができるのか』と聞くあたり、衝撃の大きさが深刻に伝わる。
己も銃の名手にまで成長したが、まさかこんな光景が見られるとは思いもしなかったのだ。
また、大統領のハンデバランスには疑問に思っていたが、それが正しかった事も証明された。
「私も初めて見たわ。出来るかと問われれば、『分からない』かしら。普通は斬れたとしても、分割した弾丸が体を貫くだけ。でも今井さんは斬った上で無事。刀身で弾丸をコントロールしたのでしょうね」
1発でも大変な弾丸斬りを2発成功させたのだ。
しかも弾丸はマッハの速度で襲い来る。
それを避けるだけでも凄いのに、斬るなど尋常な腕前ではない。
もう完全に生まれる時代を間違えた神技である。
「そうでしょうねぇ。刀は手の動きだけで、斬撃範囲は自由自在です。手の届く範囲なら全てが斬撃範囲です。しかも今井さンは達人です。……とは言え、拳銃相手の実戦など初めてでしょうに、楽しくて仕方ない様ですねぇ。困った方だ。気持ちは理解できますがねぇ」
北南崎も話に入り解説した。
自分も今井の気持ちは理解できてしまう。
正拳中断突きの一撃で農上を殺す程に、鍛錬を重ねた肉体だ。
学んだ技術は試したい物だ。
しかし今井の場合は剣術。
つまり、今の世界では一生使う事の無い技を磨いてきた。
空手や柔道、ボクシングなど素手系の格闘技なら、磨いた技を善悪はともかく日常生活で使う場面もあるだろう。
だが、武器は武器でも、訓練した武器を日常実戦で使う事など、家にテロリストでも入って来てくれないと無理だ。
テレビ視聴者の中で、武器系の武道家は、表向きはともかく、皆内心は今井を羨ましいと思っているはずだ。
「まぁ、それはともかく、今井さンの実力は想定内。これぐらいは出来ると思っていました。想定外は加藤さンですねぇ」
今井の実力と、今井の提案を飲んだ手前、今井の実力に安心したのか満面の笑みだ。
だが、それとは別に加藤を褒める意味は分からない。
「加藤さん? たった今、必殺の一撃を読まれてしまったのに?」
金鉄銅が訝しむ。
加藤は勝機を逸したのだ。
「そう。必殺の一撃です。拳銃で30m離れた相手に命中弾を放つのも凄いのに、当たれば必殺の場所だった。残念なのは、これは常在戦場の今井さン以外なら決まっていた一撃だったと思いますよ」
「そうなんですか?」
「そうなンです。私が開始の合図をしましたが、決闘開始とは文字通り戦い開始の合図。実はこの瞬間が、最も隙が多い事が多いンですよ」
「……え? 隙? 少ないのではなくて?」
「えぇ。対戦者は対峙と同時に相手の動きを観察し、戦力を分析し、どう攻撃するか思考を張り巡らし、開始と共に全力で相手を警戒する。その『警戒という隙』。誰しもがそうするその瞬間に一撃を入れる。コレが意外と入ってしまうンですよ。小技から大技まで」
これは本当に不思議な事で、一番集中するべき瞬間が一番隙だらけという矛盾。
秒殺KOもありえるし、そうでなくても、その試合を支配できる一撃となる。
「加藤さンは別に武道の経験者じゃない。しかし2人殺した殺人の経験は莫大です。勝負どころの嗅覚が素晴らしい。惜しむらくは相手が今井さンだったから決まらなかった」
「あっ。だから今井さんは加藤さんを褒めているのですか!?」
金鉄銅が、やっと今井のお褒めの言葉の意味を理解した。
「そうです。今の攻防は一見今井さンが派手な技を見せた様で、凄いのは加藤さンであり、それも考慮していた今井さんの常在戦場の心構えも見事。弾丸を斬った事など些細な事ですねぇ。それに金鉄銅さン」
「は、はい」
「貴女は加藤さンの一撃を『必殺の一撃』と評した。貴女も無意識に勝負所を理解している。腕前を上げた様ですね。国民の殆どは今井さンの斬撃技術に驚いると思いますが、真に驚くべきは加藤さンです」
「じゃあ、加藤さんが勝つと?」
金鉄銅が期待を込めて聞いた。
どうも、殺人を悦ぶ今井の態度が生理的に気に入らなく、負けて欲しい様だ。
「それは別問題ですねぇ。今井さン用の武器も加藤さン与えられましたが、なぜ私が許可したか? 一つは加藤さんの接近戦が下手だからです。剣は剣士が持ってこそ剣なのです。一般人が持てばただの棒です。故に、勝率には左程影響しないと見ています。おっ? 動きますよ?」
加藤が手榴弾の一つを取り出し放り投げた。
焼夷手榴弾である。
爆発と共に、周囲が炎に包まれる――と同時に木陰から今井が飛び出し、加藤が銃撃を浴びせるが、あたらなかった。
「うほっ! コレはたまらん!」
木の陰で銃撃を警戒していた今井は転がりながら場所を移し、身を隠すには、やや頼りない木の陰に潜んだ。
一方、斜面の下部は殆どが火に包まれた。
鎮火にはしばらくかかるだろう。
「こりゃ前に出るしかないのう? ククク! まぁ、前に出なければワシは勝てんしな。よい機会だ」
追い込まれているのに嬉しそうな今井。
何故なら、厄介な手榴弾の1発をこんな無駄な事に使ってくれたからだ。
何せ今井は前に出なければ勝てない。
炙りだされずとも、いずれ前に出るつもりだったのに、貴重な手榴弾を使ってくれた。
加藤の持つ武器で、最大級の警戒が必要なのは手榴弾だ。
爆心地から数メートルは殺傷範囲。
手榴弾は、安全ピンを抜く場面を見られないと、いつ爆発するかも分からない。
手練れの兵士は、ピンを抜いて暫くしてから放り投げる。
相手に避ける隙を与えず、投げ返させない技術だ。
そんな手榴弾を今井は最大限警戒していたが、 無駄に使ってくれた。
加藤にとっては、今井を炙り出す行動で意味のある行動のハズだが、今井にとってはラッキーでしかない。
「……今井さんは、ひょっとして、傭兵の経験があるのですかねぇ? 紛争地域に渡航した履歴はありますか?」
剣術一筋の男が、現代兵器に完璧に対応している。
経験がなければ説明ができない動きを見せている。
ならば、どこかで命を賭けて戦ったかも知れない。
「出国履歴はありませんね……」
金鉄銅がタブレットを操作し、驚愕の表情で告げた。
「ならば、今まさに別の才能が開花している瞬間なのでしょうねぇ」
戦いながら強くなる。
優れた武闘家は、そういった才能も持ち合わせている。
加藤には大量の武器弾薬が与えられ、10%以上の勝率がある様に当初は見えたが、狭い闘技場の闘気は今井が圧倒的だ。
もう勝率的には90%以上にまで持ち込んでいるかもしれない。
「加藤君。今すぐ弾倉を入れ替えたまえ。それが終わったら君に向かって突撃する」
突如今井が宣告した。
「えっ?」
思わず加藤が聞き返す。
「およそ20mかな? ワシを撃ち殺す最大のチャンスだ。活かしたまえ」
決して八方塞がりの玉砕戦法ではない。
武道としての技術で、20mの距離を縮めて一撃入れるつもりだ。
「いくぞッ!」
今井は飛び出し、弾丸の雨を潜り抜けると加藤の左手を斬り飛ばした――