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第66話 仇討ち法施行第四号 試合前③

【那古野県/人地市 雑木林】


「最初は電話連絡だった。曰く『強くなりたい』だった。疑問を持ったよ。例えば足が速くなりたいなら理解できる。ワシの道場が剣術道場と知って『強くなりたいとは何か?』 とな。イジメか何かと疑ったよ」


 そう語る今井は、お爺ちゃんの顔だった。


「初耳です……」


「だが、様子を見る限り、イジメを受けている様子もない。じゃあ理由は? 何か体力的に負けたのかとも思ったよ。しかし男の子は中学生の成長期こそ勝負。小学生は伸び伸びとやりたい事をやればいい。しかし誹露貴ひろたかには明確な目的がある様にしか見えない。剣に小学生が出せるとは思えぬ殺気がこもっておった。まさか、あんな理由だったとはな。この理由は言ってはならないのでしたな?」


 その問いに北南崎が簡潔に答えた。


「えぇ。配慮をお願いします。まぁ言えば音声が途切れますが」


 一応、小学生の被害者と加害者のプライバシーに配慮し、今井は濁したが、ここにいる人間は全員知っている。

 誹露貴ひろたか泰痔たいじの人気に嫉妬していたのだと。


「その理由を仇討ち法第一回目の調査結果は、遺族の親類として聞いた。そう言う事かと思ったよ。理由はともかく殺したい程に憎い相手がいたのだな、とな」


「義父さんは、剣術を教えたのですか」


 父の己が知らない事を話す今井に、加藤は衝撃が隠せない。


「あぁ。もちろんだ。瀬津羅が男だったら跡を継がせる所だったが、所詮は女……おっと、今の時代では不適切な言葉でしたな。副大統領や、陸軍大将の様に女性でも強者は強者。強さに性別の壁はなくなりつつあるのかもしれませんな」


 今井はカメラに向かって頭を下げた。


「話をもどすが、瀬津羅に剣術の才能は全くなかった。娘しか居らぬワシにとっては、我が流派はワシが末代となる。そう思っていた所に誹露貴からの電話だ。ワシも嬉しくてな。喜び勇んで教えたよ」


 今井が理由を語り終えた。


「何か質問があるかな?」


「気になる事があるのですが、妻の瀬津羅を私が殺してしまった怒りは無いのですか? 先ほどから、その辺りの怒りが感じられないのですが……」


 加藤は意を決して訪ねた。

 その答えは衝撃的だった。


「無いな。いやゼロではない。それなりに愛情はあったよ。ただ、剣の才能が無い時点で見限ったからのう。娘が殺された事には『そうか』としか思わん」


 娘を殺されこの対応。

 こんな親が居るのだろうか。

 居たのだから仕方ない。 

 今井には剣術を中心に生活が回っているのだ。


「じゃ、じゃあ、なぜ仇討ちを申請したのです!?」


 娘が殺された事には『そうか』としか思わん――

 娘を殺された者の感想が『そうか』で、何の為に仇討ちに臨むのか理解に苦しむ。


「2つ理由がある」


「2つ? 2つも!?」


 娘が殺されたのにあの感想で、それなのに仇討ちに足る2つの理由がある事に驚く加藤。


「まず1つ! 我が流派の後継者になりえた誹露貴に対する教育失敗! 貴様ら夫婦には、本当に失望した! 激しい怒りを覚える!」


 今まで泰然自若としていた今井が、初めて怒りを露わにした。

 娘を殺された事より、後継者を失った事の方が重要であった。


「2つ目! 我が今井流剣術はワシで末代! ハッハッハ!! これがどう言う事か分かるかな!?」


 突如今井が笑い出した。

 だが怒りの笑いではない。

 本当に愉快そうに笑う。


「今の時代、真剣を扱う技術を学んだとて使う場面はない。動かぬ巻き藁を切るか、喧嘩で木刀を使か、決まった型で動作を確認するかだ! 空しい技術を細々と伝えるだけだった。それがどうだ!」


 今井の興奮は収まらない。

 玩具を与えられた子供の様だ。


「大統領の仇討ち法を最初聞いたときは耳を疑ったが、政府公認で殺人が出来る機会と知った時は、一気に価値観が入れ替わったよ! 加藤君。ワシは人生最初で最後の殺人を楽しむ! 君も楽しめ! いや、君は既に経験済みだったな! 2回目とは羨ましいぞ!」


 言っている事は滅茶苦茶だが、一部の視聴者には、今井の理由を理解してしまった。

 あらゆる武術を実践で使うのは、本当に非常事態の時に限る。

 殺人鬼を相手にするか熊を相手にするか、それ位だ。

 試合では使ってはいけない技もある。

 その使ってはいけない技をさんざん練習しているのにだ。


「君がワシに勝っているのはその1回の殺人経験だけだ! しかし、言っておくが、まだ互角には程遠いぞ? だからそれを埋める為に、それら武器を君に与えたのだ! それを証明してやろう! さあ大統領! 開始合図を!」


 もう、どちらが正義なのか分からなくなった決闘場で、今井の狂気と悦びが爆発する。

 娘を殺された事などどうでも良い。

 後継者を失ったのは痛いが、そのお陰で、政府お墨付きの『殺人の権利』を得た。

 なんなら、この場を提供してくれた原因の加藤には感謝すらしている。


「予想外の展開ですが、裁判で決まった以上、この決闘は覆りません。」


 法の穴を搔い潜る者はいつの世にもいるが、この『仇討ち法』で、こんな法の破り方をしてくる人間は想定していなかった。

 だが、犯罪者が、酷い負け方をするのは、法の目論見通り。


 今井が、大量の武器を加藤に提供させたが、今井の発する気配は尋常ではない。

 確かにこれでやっと加藤に10%の勝率があるのかも知れない。


「では今井被賂鬼ひろき対加藤刑素毛けいすけの決闘……始めぃッ!」


 その瞬間――2発の銃声――キィンィン――


 今井の背後に防弾ガラスに、4つの弾痕現れた。

 加藤が発砲し、今井が斬ったのだった。


『それを証明してやろう!』


 今井は早速証明した――

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