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第65話 仇討ち法施行第四号 試合前②

【那古野県/人地市 雑木林】


「あーあーマイクテスト、マイクテスト。うむ。感度良好ですね。さて、遺族の方今井被賂鬼と、加藤さんにお伝えします。今回はハンデ決めが、物凄く難航しました。一応90%、10%の勝率になるであろう準備を整えましたが、それでもなお不安があるバランスです」


 全ては今井が強すぎるのが原因だ。

 日本最強の『闇の部隊』の隊員をして『本当に死んだ方がマシ』と言わしめる狂気の訓練。

 隊員は月に1日、任意のタイミングで実行する事が義務付けられている。

 それを加藤は、週1日のサイクルで実行した。


 加藤は現役隊員が泣く程嫌がる訓練を週1回のペースでクリアし、奇跡的にどこも故障しなかった。

 つまり肉体的には完璧に作り上げてきた。

 ただし、加藤の肉体の歴史の中ではの話だ。

 第一回仇討ちは被害者遺族として出場したが、まだ肥満体だった。

 その後、全国行脚して救いを求め信長教に辿り着いた時は、ウォーキングで痩せたと言うよりは、精神と心身衰弱によってやつれた体だった。

 それが今、加藤の人生において最高の肉体へと変貌した。


 だが、それは加藤の体だけの話であって、他人と比べてどうかは不明である。

 ましてや今井相手に、通用する肉体かどうか分からない。


「よって今回はルーレットの他に色々取り決めを行います。まずはルーレットです」


 遺族の今井のラインナップは以下の通りである。


『木刀』

『竹刀』

『模造刀』

『鉄パイプ』

『所有の刀:大小』

『野太刀』

『斬馬刀』

『柳葉刀』

『ロングソード』

『小太刀』


 死刑囚加藤のラインナップは以下の通りである。


『銃A:マガジン10本』

『銃B:マガジン11本』

『銃C:マガジン12本』

『銃D:マガジン13本』

『銃E:マガジン14本』

『銃F:マガジン15本』

『銃G:マガジン10本+コンバットナイフ1本』

『銃H:マガジン10本+手榴弾1発』

『銃I:マガジン10本+焼夷手榴弾1発』

『銃J:マガジン10本+名刀鮫村』


 このラインナップには、番組の視聴者から総突っ込みが入った。


『被害者遺族が不利すぎるじゃねぇか!』と――


 だが今井は内容を見て尚、不敵な笑みを絶やさなかった。


「ではルーレットを回してください」


 そんな突っ込みの声は聞こえないので、大統領の進行は止まらない。

 今井と加藤がルーレットを回す。

 そのルーレットが回転している間に、大統領が説明をした。

 主に視聴者側に。


「テレビをご覧の皆さんには、ルーレットが逆じゃないかと思われる方がいるかもしれませんが、何も間違ってはいません。これは遺族の方が強すぎるのが原因です。これだけ差をつけて、加害者はようやく勝率10%に届く計算をしました」


 その説明が終わる頃にはルーレットの内容が決まった。

 今井のルーレットは不正が疑われる様な回転で、『所有の刀:大小』に吸い込まれる様に止まった。


 一方加藤は、『銃C:マガジン12本』で止まった。

 1本のマガジンに弾7発。

 つまり84発だ。


 ちなみに銃の性能はどれも同じで、第二回仇討ち法の時の金鉄銅の時とは違い、最高精度の命中率を誇る銃である。

 銃に差は無く、弾数か、オプション装備があるかどうかだ。


「武器は決まりましたね。ではルーレットの撤収をしてください。次に場所決めです。ご覧の様に整地されていない雑木林ざつぼくりんです。加藤さんは自分で初期位置を決めて下さい。遺族の方はその対角線を初期位置とします。これも遺族が強すぎる故の措置です。ただし加藤さんには、戦術的にどこが有利とかは教えていません。ご自分で判断して――」


「そんな物決まっておる。兵法において高所ほど有利なのは常識。加藤君遠慮なく高所に陣取りたまえ」


 何と遺族の今井が、加藤に助言をした。


「えっ……」


 今井の言葉に加藤は困った。

 まずアドバイスする理由がわからないし、高所が有利かどうかも分からない。


「だ、大統領……?」


 仕方なく加藤は聞いた。

 答えは期待していないが、聞かずにはいられなかった。


「……あー……。その言葉に嘘はありません。ありませんが、遺族の方。せっかくの勝率を覆されるのは困るのですがねぇ?」


「遺族の私が構わぬと言っているのです。それに政府の方は、まだ私の実力を舐めている。ハンデもこれでは足りぬ。銃のマガジンは15本で、コンバットナイフ、手榴弾、焼夷手榴弾、名刀鮫村の一式と、さらにルーレットで選ばれなかった私の他の武器も与えて下さい。それでも私は勝って見せましょう」


 今井はとんでもない事を言い出した。

 これには、海外の闇ブックメーカーも大慌てだ。

 日本外では放映されない仇討ちを映像を、違法な手段で放映して賭けの対象にしているが、賭けを締め切ったあとでのこの変動は、大穴が発生しかねない。


「無茶を言いますねぇ。遺族や、加害者が武装に異議を唱えるのは想定していましたが、遺族が加害者の装備を充実させる方向の意義は想定していませんでした」


「兵法を知らぬ加藤君では、これでも足りないぐらいだ。大統領。遺族の私が良いと言っているのです。ハンデバランスに苦労したのでしょう? ならば聞き入れてもらいたい。そうでないと加藤君は何もできないまま、私に惨殺されますよ?」


「……。分かりました。そこまで仰るなら希望を叶えましょう。確かに遺族の方の強さは軍でも評判です。それに加藤さんが、追加武器を使いこなせるかは別問題。足手まといかもしれません。認めましょう」


 異例中の異例の申し出が決まった。

 本来なら法で決めたルールの勝手な変更はご法度だが、大統領が全権限を握っている国である。

 それに、遺族の希望であるならば仕方ない。


 こうして加藤は銃にマガジン15本の弾105発と、コンバットナイフ、手榴弾、焼夷手榴弾、名刀鮫村、に加え、木刀、竹刀、模造刀、鉄パイプ、野太刀、斬馬刀、柳葉刀、ロングソード、小太刀が与えられた。


 ただし、それらの武器類を全て装備するのは不可能なので、一部の武器は初期陣地に突き刺して置いた。


「さて、遺族の方、他に要望はありますか?」


「まぁ、現状はこんなモノでしょう。本当なら加藤君に助太刀人も欲しい所ですが、適切な候補者も居ないでしょうしね」


 加藤にあれだけ武器を与え、まだ助っ人を要請する今井。

 それ程自身があるのか、油断しているのか、視聴者も見届け人も分からなかった。


「それでは、最後に言い残す事はありますか? 加藤さんはどうですか」


「ありません」


 もう、とっくに覚悟は決めている。

 言い残す相手もいない。


「私は少々あります」


 今井は挙手をした。


「加藤君。知っているかな? 孫の誹露貴ひろたかがな、ワシに剣術を習いたいと言っていたのだよ。もう2年も前になるかな? 子供が滋賀から那古野(現実の愛知県)に通うのは無理だから、ワシが通ったのだよ」


 孫の誹露貴ひろたか

 第一回の仇討ち法で、山下頌痔しょうじに惨殺凌辱食事で殺された加藤の子供だ。


 そこから語られる今井の言葉は、加藤にとって衝撃の連続だった――

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